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老舗となるための3条件「街・素材・資金」。開業35年、経堂デリス店主76歳に学ぶ

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『レストラン デリス』の店主・荒瀬紀男氏と後継者である次男・荒瀬 優氏

飲食店は消長の激しい世界といわれる。「老舗(しにせ)」と呼ばれる歴史ある店が人気を集めるのは、それだけ老舗が少なく貴重であることを逆説的に意味している。どうすれば長く愛される店づくりができるのか。小田急線経堂駅徒歩4分、1982年5月の開業から35年続く洋食店『レストラン デリス(delices)』の店主・荒瀬紀男氏(76)に老舗となるための秘訣を聞いた。

ポイントは3つ「街・素材・資金」

荒瀬氏が挙げたポイントは3つある。
(1)街に合った店づくり
(2)仕入れで妥協しない
(3)自分の資金で開業

以下、順次、説明していこう。

「街に合った店づくり」は「地域の需要に合わせた店舗経営」と言い換えられる。銀座、新宿、六本木などの繁華街と、都心を離れたベッドタウンでは客層は異なる。その地域が、どのような需要を持つ人が多いのかを見極めないといけないということである。『デリス』のある世田谷区経堂は住宅街が広がり、近くに東京農業大学や国士舘大学があるという立地条件。荒瀬氏はその点を考えて19席のこぢんまりとした、親しみやすい洋食店を始めた。

「街並みに合わせた店をやることでしょうね。経堂のような場所でどーんと店舗を構えて高級料理をやっても、来る人はあまりいないでしょう。もう3か月で潰れますよ。このあたりも5、6軒あったけど、みんななくなりました。六本木や赤坂ならフレンチや高級イタリアンは十分可能なんでしょうけど」(荒瀬紀男氏、以下同様)

『デリス』の客層は家族連れ、サラリーマン、大学生が中心だという。街のマジョリティーの需要に応えたマーケティングが成功した例といえるだろう。

街に合わせた親しみやすい洋食メニューが並ぶ

仕入れにこだわり、安物は使わない

老舗となるためには、料理が美味しくなければならない。問題は、美味しくするためにはどうすればいいかということだ。答えは素材にある。良質の素材を下手に調理して、まずくすることはできる。しかし良質でない素材をどんなにうまく調理しても、素材の持つ実力以上の味に仕上げることは難しい。仕入れが調理の味を決める前提となる。

「仕入れが大事です。必ずいい物を自分の目で見て選ぶ。冷凍物、輸入物を使ってはダメです。安いからといって使うと、どんなに調理しても下地(素材)がダメだからダメです。逆にいい素材は塩、胡椒だけで美味しいものです」

『デリス』では牡蠣(カキ)を使った料理を提供しているが、冷凍は使用しないため例年10月から翌年5月初旬までしか出せない。しかも築地市場から直送される国産品のみを使用している。豚肉、牛肉も国産品だけだ。

「今は配送してくれますが、昔は朝の5時に起きて、カゴを持って一番電車に乗って築地に行って牡蠣を仕入れていました。牡蠣はシーズン最初の10月頃は非常に高いです。でも仕入れ値によって値段を変えられないから、定価は変えません。だから10月は利益がありません。ハンバーグも和牛を使っていますし、生姜焼きの豚も国産です。だから飽きないんです。美味しいものを食べたら、また食べたくなってしまいます。生姜焼きばかり週に5回ぐらい召し上がる方もいらっしゃいますね」

デリスではそのようにして仕入れた牡蠣を、水洗いしてからペーパーで水を切り、白ワインで洗って、それもペーパーで切って風味を乗せてから揚げている。「そこが職人と家庭料理の違いですね」と荒瀬氏が言うように、良い素材に手間をかけているからこそ、多くの固定客がついているのだろう。

人気メニューの「ハンバーグとカキフライ」

自分のお金で店を始めなければいけない理由

店を始めるには資金が必要だが、それをどう調達するかによってその後の営業に影響を及ぼすことがある。借り入れ資金が多くなれば、金利負担が大きくなり経営を圧迫する。同時に、自分で貯める苦労を経て手にした資金でなければ、成功への意欲が薄れてしまうことにつながりかねない。家族や個人で開業する場合、本人の高いモチベーションは極めて重要だ。

『デリス』の場合、開店資金として1000万円ほどかかったという。35年前の1000万円は大卒の初任給をベース(厚生労働省 賃金構造基本統計調査等参照)に考えると、現在では1800万円程度に相当すると思われる。そのほとんどを自己資金でスタートし、足りない分は(低利である)銀行からの借り入れを行ったという。

「親や兄弟にお金を借りて始めるのと、自分が貯めてきたもので始めるのでは、気持ちの入り方が違います。自分で貯めたお金でやるから、大切にするんです。自分で一生懸命貯める、その気持ちが大事です。親兄弟、親戚に借りるなら、やめた方がいいでしょう」

「自己資金の多さは成功意欲につながる」と語る

老舗につきまとう「後継者問題」

こうして老舗店が誕生したとしても、その後継者がいなければ、いつかは店を閉めることになってしまう。いかに後継者を育てるかは個々の経営者によって事情は異なる。ただ、多くの人に愛され一定の収益を上げ続けていれば、後継者が育ちやすいのは事実。赤字と黒字を繰り返すような店に積極的に入ろうという人は少ない。経営の安定は後継者をつくる上で重要なポイントとなるのは間違いない。

『デリス』では今年2017年2月から荒瀬紀男氏の次男・優(まさる)氏(38)が店を継ぐべく、キッチンに入った。有名ホテルで働いた後、イタリアン・レストランの店長兼チーフを経て『デリス』次期店主の道を選んだ。優氏は「小さい頃から父の姿を見て、カッコいいと思っていました。それで自分も料理の道に進みました。もともと独立したかったですし、洋食の分野で何かしらやりたいと思っていましたので」と言う。『デリス』が長く愛された理由をどう分析するか、優氏に聞くと「ウチは常連さんが多いです。それはウチがブレない、あまり変化させないということではないでしょうか。同じ味をずっと続けて、固定のお客様がついてくださってという感じだと思います」という答えが返ってきた。

そんな息子に父・荒瀬紀男氏は厳しい。「まだ時間がかかりますね。店長兼チーフだったのかもしれないけど、ウチではまだまだです。イタリアンやフレンチは大勢でやるから時間がかかりますが、ウチのような一人仕事というのはスピードが大事です。あちらの仕事も難しかったのだろうけど、お客さん相手にオープンキッチンでやるのも、違った難しさがあって、なかなかうまくいかないものです」

後継者、それも自分の子供に対するこの厳しさ。これが35年愛されてきた実績、自信なのだろう。老舗となり、老舗であり続けることの原点は、妥協を許さない店舗経営に対する厳しさにあることを示している。

老舗らしい味のある雰囲気

『レストラン デリス』
代表/荒瀬紀男
開店/1982年5月11日
店名の由来/フランス語のdelices(料理、美味)から

住所/東京都世田谷区経堂2-15-15
電話番号/03-3428-5300
営業時間/11:30~22:00(日曜・祝日12:00~22:00)
定休日/不定休
http://delices.info

■有名人の来店
横綱の稀勢の里が小結の時代に知人に連れられて来店している。また「有吉くんの正直さんぽ」(フジテレビ系)で2015年4月25日に紹介された。有吉弘行、生野陽子、柴田理恵が来店して、食事をしている。

■開店当時の世相
1982年は昭和57年で、開店した5月時点の総理大臣は同店のある経堂に私邸があった鈴木善幸(11月から中曽根康弘)。上越新幹線が大宮-新潟間で開業し、海外では英国とアルゼンチンの間で軍事衝突が起きた(フォークランド紛争)。当時のヒット曲は、「待つわ」(あみん)、「赤いスイートピー」(松田聖子)、「聖母たちのララバイ」(岩崎宏美)、「い・け・な・いルージュマジック」(坂本龍一・忌野清志郎)など。

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松田 隆

ライター: 松田 隆

青山学院大学大学院法務研究科卒業。ジャーナリスト。スポーツ新聞社に29年余在籍後にフリーランスに。「GPS捜査に関する最高裁大法廷判決の影響」、「台東区のハラール認証取得支援と政教分離問題」等(弁護士ドットコム)のほか、月刊『Voice』(PHP研究所)など雑誌媒体でも執筆。ニュース&オピニオンサイト「令和電子瓦版」を主宰:https://reiwa-kawaraban.com/