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有名シェフの理想をかなえる鮮魚を。愛媛県今治の漁師・藤本純一さんが目指すもの

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愛媛県今治の漁師・藤本純一さん

愛媛県・今治にあって、西日本のみならず日本全国の有名料理店で取り引きされている、漁師・藤本純一さんの魚介類。扱う魚種はマナガツオや鯛、ハモなど瀬戸内の鮮魚で、すし店や日本料理店はもちろん、中華料理、フランス料理、イタリア料理などの多種多様な飲食店や国内でも指折りのシェフから、取り引き依頼が引きも切らない。

藤本さんの魚が有名料理店のシェフから圧倒的な信頼を得ている理由は、料理店一軒一軒が求める魚種・仕上げを熟知し、漁獲から加工、発送まですべての工程を自ら手がける点だ。漁師兼鮮魚店としてシェフと直接つながる藤本さんの現在の仕事のスタイルはどのようにして出来上がっていったのか、また、良い魚を得るために最も大事なことは何かを藤本さんに聞いた。

食べたい魚を生け簀から自分で選んでいた幼少時代

「子供の頃は祖父に上手におだてられて、保育園や小学校が休みの時はほぼ毎日、父や祖父の漁についていってました。うちは当時、魚はほぼ活魚で出荷していましたので、漁が終わったら、その日獲れた中で美味しそうな魚を選んで食べるのが楽しみでした。生け簀(いけす)から、生きた状態の魚を選ばせてもらうんです。今思えばそれは、楽しみながら美味しい個体を選ぶ訓練をしていた感じでした。のちのちその経験が役に立つとは、その頃は考えもしなかったですね。魚の締め方の研究や実験を自分自身で本格的にやり始めたのは、高校卒業したあたりからです」

祖父や父から受けていた魚の「英才教育」。その経験を通して藤本さんは幼少期から、楽しみながら美味しい魚とは何かを学んでいった。父のあとを継いで漁師となったのち、最初は漁師の仕事だけをやっていた藤本さん。現在のように獲った魚を加工する鮮魚店の業務まで手がけ、顧客である料理店・料理人と直接つながるようになったきっかけは何だったのだろうか。

「28歳くらいまでは漁師だけをやっていたのですが、あるとき、イベントで大阪の料理人さんに良い鯛を提供したことで、『直接購入したい』という料理人さんが10人ほどついたんです。そこから、お客さんがどんどん数珠つなぎに広がっていきました。現在の僕の仕事割合は、漁師7割、魚屋3割くらい。1日10~18時間くらい仕事をしています。好きなことを好きなだけしているので、一年中決まった休みはないですね」

宮窪漁港で、藤本さんが獲ったハモを処理する様子を見せてもらった。漁港に繋留した漁船の中に、ハモを泳がせている大きな水槽があった。水槽には、長さ1m、直径20cmほどのプラスチックのパイプが数本、一緒に沈めてある。ハモの寝床だ。さばくギリギリの瞬間まで、ハモがリラックスして過ごせるようにしているのだそうだ。藤本さんはそこからその日の出荷に必要な個体だけを取り出し、一尾ずつその場で神経締めを施し、さばいていく。神経締めとは、魚の鮮度と味を保つために、背骨近くを通る神経にワイヤーなどを通して神経を壊す締め方のことだ。

「漁獲されてから締めるまで、水槽などでゆっくり休ませます。これを『生け越し』といいます。締めたとき、内臓にはフンや消化途中のものなどが入っています。それが腐敗して全身に回ると魚が臭くなる。だからその前に、つまり締めてからなるべく早く、内臓まで適切に手当てを施すことが重要なのです。

魚は野締め(氷水につけて凍死させること)だと良い魚にはならない。なぜなら、氷水に入れられて暴れながら凍死することでATP(筋収縮をつかさどる物質)が消費されてしまい、旨味に変わる物質が少なくなってしまうからです。また、暴れて血液に乳酸がたまり、それが体内に残ることで腐敗の原因にもなってしまいます。神経締めそのものは誰でもできますから、国内外で形だけ真似ているところもありますが、あまり意味がない。それよりは、獲れてからの扱いと適切な手当ての方が大事なんです」

藤本さんは漁船の上、水槽のすぐ横で神経締めと流水での血抜き処理を施していた。同じハモの処理でも、見ていると、内臓を完全に取り去る個体と、一部の内臓を残す個体とに分けている。締めるときにすでにその個体をどの店に出すか決めていて、一尾ずつ、その店が望む処理方法を施しているのだそうだ。

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。