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『エル・ブジ』はじめ世界の名店を渡り歩いた男。『NATIVO』太田哲雄シェフの料理人人生を追う

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『NATIVO』オーナーシェフ・太田哲雄氏

今年、東京のグルマンから最も注目を集めた新店といえば『NATIVO』だろう。三軒茶屋から徒歩10分、住宅街の一角にあるこのトラットリアを率いるのは、スペインの『エル・ブジ』やペルーの『アストリッド・イ・ガストン』といった超一流レストランを渡り歩いてきた太田哲雄シェフ。

その華麗な経歴と確かな実力で、プレオープン時から美食家の間で話題になっていたが、この9月に満を持してグランドオープン。早くも予約の取れない人気店となっている。ここでは太田シェフが歩んだ軌跡を追いながら、料理人としての哲学、そして『NATIVO』に込めた思いを探っていく。

魚介のラグーソースであえたトスカーナ風手打ちパスタ・ピチ

世界を渡り歩いてきた太田シェフ。料理人になる原点は?

太田シェフは、長野県にある白馬村の出身。白馬村といえば世界各地からスキーヤーが集まる観光地だが、観光客をもてなすために地元にはフランス料理を出すオーベルジュがいくつもあったという。そうした影響で、地元の書店にはプロ向けの料理専門書が数多く置いてあった。そこで太田シェフはフレンチの巨匠ピエール・ガニェールの本に出合い、料理の世界を知ることになる。

「僕はいわゆる“料理オタク”で、『コート・ドール』『アラジン』『ラ・ブランシュ』『リストランテ・ヒロ』など、東京の名店を中学生の頃から食べ歩いていたんです。スーツを着て大人のふりをして。さすがにお酒は飲みませんでしたけどね(笑)」

ペンションを営む実家には、スキーや自転車の国際大会に出場する世界各地の選手が常宿として出入りしていた。彼らとの交流をきっかけに海外に興味を持ち、19歳でイタリアへ語学留学をすることに。イタリアでは授業もそこそこに各地の有名レストランを食べ歩き、その経験から料理の世界で生きていくことを決意。料理の基礎を学ぶために一旦帰国するが、複数店舗で修行した後、再びイタリアへと渡った。

イタリア『ピッツェリア・レナートボスコ』時代

イタリアから、世界最高峰のレストラン『エル・ブジ』へ

イタリアでは星つきレストランを渡り歩きながら5年間修業。そしてスペインの『エル・ブジ』の門をたたいた。エスプーマといった分子(モラキュラー)ガストロノミーの数々が生み出され、世界中にその名を轟かせた伝説的なレストランだ。料理人にとってはどんな店だったのか?

「学ぶ環境としては最高でした。『エル・ブジ』では毎朝、料理を研究する時間があって、自分の思っていることをシェフのフェラン・アドリアに対して物申すことができるんです。肉の焼き方はこうした方がいいと意見を言うと、それを取り入れてくれたりもします。ただし、一旦メニューに落とし込まれたら、自分の意見をはさむことは許されず、指示されたことを忠実にこなすことが求められます」

その厳しい環境に馴染めず辞めていく人も多かったが、それでもここで学びたいと、世界中から数多くの料理人が修行に来たという。『エル・ブジ』で得た知識・技術について、太田シェフはどのような考えを持っているのだろうか。

「僕は、『エル・ブジ』っぽいことを自分の出来る範囲で表現しようとは思わない。『エル・ブジ』は50席に対して50人の料理人がつきます。提供する料理に対してあそこまでやりきれるからこそ『エル・ブジ』はカッコいいのであって、それを中途半端に真似ようとは思いません」

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TAKAKO

About TAKAKO

外資系のPR代理店やホテルの広報を経て、ライターとしての活動を開始。食に関しては、日本酒利酒師や野菜ソムリエなど興味の赴くままに手を広げつつ、寿司からフレンチまでちょっとマニアックな料理教室に通うのがライフワーク。