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グルマンが集う秘密のフレンチ酒場、神楽坂『ボルト』ができるまで

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『BOLT au crieur de vin』のオーナーシェフ・仲田高広さん

牛込神楽坂駅から徒歩2分のところに、カウンター9席のみの小さな店『BOLT au crieur de vin(ボルト オー・クリヨー・ド・ヴァン)』はある。ドアを開けると、照明を落とした店内に静かに音楽が流れ、客席からささやくような話し声が聞こえる。リラックス感はありながらも、上品で落ち着いた雰囲気だ。

メニューにはワインや焼酎とともに、ポテトサラダやハムカツといった居酒屋メニューも並ぶ。だが、その素材や調理のクオリティーは驚くほど高い。オーナーシェフの仲田高広さんは、次々と入るオーダーを一人で捌きながら、「今のご注文だと、どれも肉っ気が強いので舌が飽きてしまうかもしれません。お野菜を挟んでみては?」と提案したり、客のお腹の空き具合を考慮して、一皿の量を調整したりしている。「シメのカレーを一口だけ食べたい」といった客のわがままも聞いてくれるようだ。

きびきびと調理する仲田シェフの姿からは、客をもてなすために全身全霊で食と向き合っている印象を受けた。フレンチでも、居酒屋でもない、カテゴライズできない店『ボルト』ができるまでの道のりを、仲田シェフに伺った。

フレンチの巨匠のもとで基礎を学ぶ

仲田シェフは、料理好きの祖母の手伝いを通し、幼少期から料理に親しんでいたという。中学、高校くらいのときには料理人を目指そうと志し、調理師専門学校に進学。最初に修行したのは、肉の巨匠として知られる和知徹シェフが腕をふるう、銀座『マルディグラ』だった。

「『マルディグラ』は昔フランスの植民地だった東南アジアやベトナムなどを含めた『フレンチ』というカテゴライズで、当時としては革新的なお店だったと思います。僕はまっさらなスポンジの状態から働かせてもらったので、毎日が楽しくたくさんの刺激を受けました。和知シェフの料理には、いろんなことを経験して、考えに考え抜いた上で辿りつける“究み”の境地を感じました。簡単で誰でも真似しやすいけど、それを生み出すには膨大な知識やキャリア、発想の転換が必要な、コロンブスの卵のような料理です。そんな料理に憧れました」

仲田シェフは『マルディグラ』で3年間働いた後、恵比寿(当時)の『レスプリ ミタニ』で働いた。30代で自分の店を持つという夢を叶えるため、自分の視野を広げたかったという。

「『レスプリ ミタニ』では、食材の下処理や肉の火入れの仕方など、世界でも通じる料理の基本を教えていだきました。三谷シェフは科学的な技術に加えて、勘も働かせて調理するんです。例えば、同じグラム数の鴨であっても個体差があります。その僅かな差を自分の感覚で見極めて、最も美味しさを引き出す調理法を選んでいました。それはお客さんとして食べに来ても見えにくい部分で、三谷シェフの背中を見て学ばせていただいた部分です」

『レスプリ ミタニ』に3年勤めた後、仲田シェフは渡仏し、ブルゴーニュの『オー・クリヨー・ド・ヴァン』『ラ・マドレーヌ』、ローヌ『ラ・ピラミッド』で腕を磨く。その後、移民の国オーストラリアへ行き、さまざまな国の料理をオーストラリアのフィルターを通して提供するというスタイルに刺激を受けたという。

『BOLT au crieur de vin』の外観

「ありそうでなかった店」を目指して

日本で『ボルト』を立ち上げようと決めたとき、慣れ親しんだフレンチレストランをオープンするという選択肢はなかったのだろうか。

「高級なフレンチレストランは、格式が高く、ハレの日に正装して行くものというイメージがありますよね。僕はもっと気軽にいろんな人に使ってもらえる『レベルの高いオールマイティな店』を目指したかったんです。オープン直後の17時はアペリティフを楽しむために立ち寄り、ディナータイムは手の込んだ美味しい食事が堪能できる。二次会、三次会の締めにラーメンやカレーを食べに行くこともできる。そんな『自分が行きたかった店』『ありそうでなかった店』を作ろうと思いました」

各メディアで「居酒屋」と紹介されることもある『ボルト』。もちろん“居酒屋的”な店の使い方はできるが、店のしつらえや料理に至るまで一般的な居酒屋とは趣きが大きく異なる。この点のこだわりについて伺うと、仲田シェフは次のように答えてくれた。

「居酒屋と一言で言っても、高級店があれば、割烹居酒屋もあり、赤ちょうちん系の店や大衆向けチェーン店もあり、さまざまです。表現が自由だからこそ自分なりの解釈ができると思いました。『ボルト』は居酒屋のようなハードですが、“抜け感”も大切にしています。一人ひとりの席にレストランのようなナプキンをセットし、カジュアルに寄りすぎないようにしています。また、男性のお客様に多いのですが、足を組んでふんぞりかえってしまうような姿勢になると、なかなか料理に向き合ってもらえません。そこで、テーブルと椅子の高さを“窮屈ではないけど、足を組もうとするとつかえる幅”に設計しているんです。自分の中のイメージに近づけていくために、何が足りないのか考えて、一つひとつ実現していきました」

居酒屋のように居心地の良い空間で、本格フレンチのような創作料理が楽しめる。そんな『ボルト』は、「食べることや飲むことが大好き」という人たちに愛され、連日賑わいを見せている。

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三原明日香

ライター: 三原明日香

編集プロダクションに勤務し、フリーライターとして10年以上活動。ふとしたことから労働基準法に興味を持ち、4年間社労士の勉強に打ち込む。2014年に試験に合格し、20年4月に開業社労士として独立した。下町の居酒屋で出されるモツ煮込みが好物。