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消えゆく名店の味を残す! 元・大手副社長が挑む「まぼろし商店」が話題

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株式会社ミナデインの大久保伸隆社長

消えゆく名店の味を残す試みが始まっている。新型コロナウイルス禍で閉店を余儀なくされる店舗が増える中、新橋で居酒屋『烏森百薬』など4店舗を経営する株式会社ミナデインの大久保伸隆社長(37)は、閉店する店舗の人気メニューのレシピを受け継ぎ販売するシステム「まぼろし商店」の展開を始めた。神田の洋食店『キッチンビーバー』のメンチカツのレシピを受け継ぎクラウドファンディングを始めたところ、380万円を超える支援が集まった(目標30万円)。本格的な事業展開へ明るい見通しが立っている。

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人気のメンチカツの店舗が閉店と聞き、即座に実行

大久保社長が推進する「まぼろし商店」の仕組みは単純明快。新型コロナウイルス禍や後継者の問題などで閉店、もしくは閉店を予定している店舗の人気メニューのレシピから味を再現し、実店舗やEC、デリバリーなどさまざまな形態で提供する。収益の一部を店主に還元することで引退後も安心できる環境を目指し、同時に“まぼろし店”を次世代へと承継していくものである。

きっかけは千代田区神田にあった小さな洋食店『キッチンビーバー』。経営する高木夫妻がともに体調を崩したことが原因で、2020年に60年続いた店が閉店となった。飲食店のプロデュースも行う大久保社長は友人から「あのメンチカツが食べられないと思うと残念」という話を聞きつけ、すぐに動いた。

2020年に閉店した『キッチンビーバー』

病で倒れた夫の看病を続けながら店を切り盛りしていた夫人にメニューを残したいという思いを告げ、人気メニューのレシピを自らの店舗スタッフに伝授させ、「味については100%と言っていい」(大久保社長、以下コメントは全て同社長)状況まで再現することを可能にし、クラウドファンディングを活用して販売を始めたのである。

消えゆく店の味を残したいという思いは、多くの人が考えるところであろう。しかし、それを実行に移す人は多くない。そこで迅速に動けた理由は、『キッチンビーバー』の高木夫人に実際に会って“何とかしたい”と思ったこと、そして自分自身も昔、食べた美味しい料理をもう一度食べてみたいという気持ちが強かったことにあるという。「僕がビジネスを始める時の原動力は、社会貢献もありますが、それ以前に近所の人をどう豊かにしていくかを考えます。その価値観が僕の中にあったのが、迅速に動けた理由です」と言う。

名物のメンチカツ

また、株式会社ミナデインは「街に個性を」というコンセプトで運営しており、名店の味を残すのはまさに街の個性を形成するという方向性に合ったという点も見逃せない。

味の再現力には自信があるという同社にとって、レシピからの味の再現はそれほど困難ではなかった。技術的には名物のメンチカツを再現できるようになり、事業として展開することも可能ではあった。しかし、クラウドファンディングで開始したのは以下の理由による。

「『キッチンビーバー』のママに、いち早く還元したいと思ったから」。

実際、クラウドファンディングの1,000円の支援コースは「【お疲れ様でした】高木ママへの退職金」と銘打ち、リターンは夫人からの動画とお礼メールとした。そうした思いも含め、プロジェクトの趣旨が多くの人々の心に届いたのであろう。「プロジェクトの背景への共感だと思います。みんなで(優れたメニューを)保全していこうというインサイトは感じました」と分析する。

もちろん、やるべきことは慈善事業ではなく、ビジネス。クラウドファンディング終了後は、「まぼろし商店」の中で『キッチンビーバー』のメンチカツや、それ以外のメニューも販売していく。また、まぼろし商店のサイトも立ち上げた。新型コロナウイルス禍で閉店する店舗が多く、急いで保全のための措置を取る必要性があるため、閉店の情報収集の部分のみ先行オープン。その理由を「今なら情報が集まりやすいのではないかと思いました」と説明する。3か月以内に通販などの機能も実装し、サイトを完全な形にするという。

メンチカツの作り方を学ぶスタッフ

「のれんだけ買う」新ビジネス

こうしたビジネススタイルは珍しく、一般的に行われているのは、会社の買収や再編、事業譲渡等。その店舗の持つノウハウごとすべて買い取ってビジネスを展開する方法である。

変わったところでは、すでにミナデインが行っている地方のレストランの人気メニューを再現する試み。群馬県高崎市が地方創生の一環として行っている「絶メシリスト」というプロジェクトで、高崎市に多く存在する安くて美味しい「絶品グルメ」を絶やさないように、それらの店舗をリスト化して広報するものである。ミナデインではこの絶品グルメを忠実に再現し、運営する『烏森絶メシ食堂』で扱って人気を集めている。

もっとも「まぼろし商店」は「絶メシリスト」と異なり、閉店した店、閉店を予定している店のメニューを残すもので、保全しなければ失われてしまう。また、会社の買収・再編、事業譲渡等は行わない。人気メニューのレシピを入手し、その味を再現するものである。

この独自のビジネススタイルを法的に構成すれば「のれん(暖簾)だけを買い取る」という部分に落ち着く。のれんとは「得意先関係や営業上の秘訣(ノウハウ)など、法的権利ではないが経済的価値のある事実関係」(田中亘著『会社法』東京大学出版会 P386)のこと。会社の買収や事業譲渡の際、のれんは必ず考慮される(負ののれんもあり得る)。

事業譲渡で「譲受けの対価は譲り受ける個々の資産の時価の総額を上回ることが多い」(同書同頁)のは、のれんが経済的価値として評価されるから。のれんは買収や事業譲渡の際に付随するが、大久保社長は逆転の発想で、のれんを本体から切り分け、のれんだけを買い取るビジネスを実行しようというのである。

このあたりの発想の柔軟性、相談を受けた際に即座に実行に移した行動力は、居酒屋の『塚田農場』などを運営する株式会社エー・ピーカンパニーで31歳で取締役副社長に就任したキャリアと無縁ではないと思われる。

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松田 隆

ライター: 松田 隆

青山学院大学大学院法務研究科卒業。ジャーナリスト。スポーツ新聞社に29年余在籍後にフリーランスに。「GPS捜査に関する最高裁大法廷判決の影響」、「台東区のハラール認証取得支援と政教分離問題」等(弁護士ドットコム)のほか、月刊『Voice』(PHP研究所)など雑誌媒体でも執筆。ニュース&オピニオンサイト「令和電子瓦版」を主宰:https://reiwa-kawaraban.com/