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異色の料理人、青森『澱と葉』の川口潤也さん。修行時代の挫折から故郷で花開くまで

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茶寮『澱と葉』の川口潤也さん

青森県西部・鶴田町で茶寮『澱と葉』を主宰している川口潤也さん。津軽の山の中に分け入り、森の食材を採集してコース料理に仕立てる。その料理の類まれなセンスと、独特の雰囲気をたたえる『澱と葉』は、特定の店舗を持たず、川口さんのパートナーのアトリエである一軒家の家庭用キッチンで料理を作るというユニークなスタイルだ。

しかし、川口さんも最初からこのスタイルを目指していたわけではない。料理人としてのキャリアは都内のレストランでスタート、それが続かずに故郷・青森に戻ってきた。川口さんがその後どのようにして今のようなユニークなスタイルにたどり着いたのか、現在の仕事について、また今後何を目指していくのかを聞いた。

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『澱と葉』のある地区から遠くに見渡せる岩木山

厨房に入るのがこわい

「今でも厨房に入るのはストレスです。料理人として生きていきたいのに、初めての場所でも“厨房”と呼ばれる場所に入ると動悸がするようになって、どうしよう……と思いました。厨房で発作が起きたこともあります。

最初に働いたところは規模の大きい都内のイタリアン。その次に勤めたところもイタリアンで、レストランに宴会場が併設されている店でした。60席、キッチンは5人でしたが、宴会場をフルに使うと300人のゲストが入る。最初の店でティラミスの作り方だけ覚えて次の店に移ったのですが、ここでいきなりドルチェ担当にさせられました。何種類かのドルチェを在庫を切らさないように揃えなければならなくて、それがとんでもなく大変でした。1~2か月で身体を壊しました。パニック障害を発症してしまったんです。それで親に止められて、辞めざるをえませんでした」

川口さんがチームで働くレストランで続かなかったのは、仕事のハードさ以外にも、彼自身の体質も関係していた。

「朝に弱い体質でした。本来なら朝7時に出社して自分の仕事を終わらせておいて、9時から先輩に料理を教えてもらうものなのに、とてもそんな時間は無理でした。先輩の仕事を奪えなかった。だから、料理人としてぼくは劣等感をずっと持ち続けてきました。料理人としては生きていけないんじゃないかと。もともと、美術かアート系の仕事がしたかったんです。何かを表現する仕事がしたかった。

イタリア料理を志したのは単純でした。イタリア料理をやっていればイタリアに行けて、世界遺産が見られるかも、という単純な動機でした。それなのにいざ就職してみたらこんなことになって。厨房で発作が起きたので、その後は厨房に入ると動悸がするようになって、もう料理人はできないかもと思いました」

『澱と葉』での調理の様子。一般家庭のキッチンをほぼそのまま使っている(写真提供;川口さん)

都内から地元・青森に戻ってきて、川口さんは八戸のワインバー『origo(オリゴ)』で働き始めた。『オリゴ』ではお茶の飲み比べをやっており、川口さんはそこで、ワインの楽しさや、単一品種のお茶の面白さに出合う。同時に、川口さんは自分の料理とは何かを模索し始めた。

「料理は何のためにあるんだろう。僕は、その場所を表現するためにあると思うんです。それと同じように、食材はどこか別の場所から持ってくるより、なるべく地のものを使いたい。たとえば、和歌山のカタバミと青森のカタバミは違う。この時期のこのカタバミを使うのはここでしかできないと思いました。それを思ったときに、ここで料理を出す意味はあるなと思いました。

それなら、青森らしさとは何なんだろうと。肉はピンとこなくて、魚と植物かなと。でも、マグロやにんにくは青森の名産ですが、マグロやにんにくを毎日食べるかと言われると違うと思う。僕は春夏には植物を使いたいし、秋はきのこ。その時期ごとに使いたい食材は異なります。それで、青森の山に入ることを思いついたんです。

じつは昔、ボーイスカウトに入っていて、山で食べられる植物について教わった経験がありました。それで、山に答えがあるのではないかと思ったんです。もともと、『ここにあるものを使ってなんとかする』という考え方に、中学生の頃から憧れもありました」

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。