二ホンウナギの国際取引に規制案。「土用の丑の日」を前に飲食店が知っておくべき全貌
7月31日は土用の丑の日。多くの日本人が心待ちにするこの時期に、国民食ともいえるウナギの安定供給を揺るがす問題が静かに進行している。EU(ヨーロッパ連合)が、絶滅が危惧されるウナギの国際取引をワシントン条約で規制するよう提案したのだ。これが現実となれば、私たちの食卓、そして飲食店の経営にどのような影響が及ぶのだろうか。その背景と今後の展望を、本記事で分かりやすく紐解いていきたい。
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なぜ今、ウナギが? 国際取引規制の深刻な背景
今回の問題の核心は、EUがニホンウナギを含むウナギ全種の国際取引を「ワシントン条約」の規制対象に加えるよう提案したことにある。
ワシントン条約とは、絶滅のおそれのある野生動植物を保護するため、輸出国と輸入国が協力して国際取引を規制する国際的な取り決めだ。規制対象になると、輸出入には国の許可が必要となり、手続きが煩雑になる。すでにヨーロッパウナギは2009年から対象となっているが、今回の提案は、それを日本で主に消費されるニホンウナギなどにも広げようというものだ。
提案の背景には、ウナギ資源の深刻な減少がある。2025年6月の水産庁の発表によると、日本国内で採捕されるニホンウナギの稚魚(シラスウナギ)の量は長期的に減少傾向にあり、日本の食卓は輸入に大きく依存しているのが実情だ。2024年に国内で供給されたウナギのうち、実に7割以上が中国などからの輸入品で占められている(※資料1)。このままでは資源が枯渇してしまうという危機感が、今回の国際的な規制提案に繋がっているのだ。
この提案が2025年に開催予定の締約国会議で加盟国(184か国・地域)の3分の2以上の賛成を得て採択されれば、シラスウナギから蒲焼などの加工品に至るまで、あらゆるウナギ製品の輸入にブレーキがかかる可能性がある。
各国の思惑と日本の主張、そして過去の教訓
EUが規制を提案する背景には、ニホンウナギ自体の資源減少への懸念に加え、規制対象であるヨーロッパウナギが、見た目の似た他のウナギと偽って違法に取引される「ロンダリング」を防ぐ狙いもあるとされる。
これに対し、日本政府は真っ向から反論している。「ニホンウナギは日中韓、台湾で管理を徹底しており、十分な資源量が確保されている。国際取引で絶滅するおそれはない」というのが日本の主張だ。同じくウナギの生産・消費国である中国や韓国、台湾とも連携し、規制案の否決に向けて働きかけていく構えだ。
しかし、その見通しは決して明るくない。ワシントン条約の締約国会議では、ウナギを食べる文化を持たない国が大多数を占める。そのため、漁業という経済的な側面よりも、環境保護の観点が優先されやすい傾向にある。
過去を振り返れば、クジラをめぐる問題が思い起こされる。1982年、国際捕鯨委員会(IWC)は商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)を採択。資源量が比較的豊富だとされる種類のクジラでさえ捕獲が制限され、日本の食文化に大きな影響を与えた(※資料2)。国や文化によって資源への考え方が異なり、国際的な合意形成がいかに難しいかを物語る事例といえるだろう。今回のウナギの問題も、同様の構図をはらんでいるのかもしれない。
規制が現実となればどうなる? 飲食店への影響と、その先に見える光
もし規制案が採択された場合、飲食店経営者にとって最も気になるのは、仕入れへの直接的な影響に違いない。現状では、以下のような懸念が考えられる。
■価格の高騰
輸出入の手続きが煩雑になることで流通コストが上昇し、ウナギの仕入れ価格が大幅に跳ね上がる可能性がある。
■供給の不安定化
輸出業者が手続きの手間を敬遠し、日本向けの輸出に慎重になることでウナギの供給量が減少。必要な時に必要な量を確保できなくなる恐れが出てくる。
日本には、条約の規制を受けない「留保」という対抗手段もある。しかし、仮に日本が留保を宣言しても、輸出国側が許可書の発行を条件とすれば、結局のところ輸入は滞ってしまうだろう。大手ウナギチェーン店からは、「価格転嫁せざるを得なくなるかもしれない」と、すでに不安の声が聞こえてくる。
こうした中、一条の光として期待されるのが「完全養殖」の技術だ。これは、人工的に孵化させた稚魚を親になるまで育て、その親から採った卵で次の世代へと繋ぐ、天然資源に依存しない生産方法である。水産研究・教育機構などが開発を進め、生産コストは大きく下がってきたものの、依然として天然シラスウナギからの養殖よりは高コストで、すぐに市場へ大量流通するのは難しいのが現状といえる。2028年頃の実用化を目指しているというが、当面の供給問題を解決する特効薬にはなり得ないだろう(※資料3)。
土用の丑の日を前に、ウナギという日本の食文化は今、大きな岐路に立たされているのかもしれない。国際的な資源保護の流れは、もはや無視できない大きなうねりとなっている。飲食店も、ただ待つだけでなく、この問題の行方を注意深く見守り、来るべき変化に対応していく準備が求められている。ウナギの未来は、国際交渉の行方と技術開発の進展、そして私たちの意識そのものにかかっているのだ。
(※資料1)水産庁「ウナギをめぐる状況と対策について(令和7年6月)」
https://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/attach/pdf/unagi-243.pdf
(※資料2)水産庁「捕鯨を取り巻く状況」
https://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/w_thinking/
(※資料3)国立研究開発法人 水産研究・教育機構「ニホンウナギの未来へ――人工種苗・完全養殖の実現に向けて」
https://www.fra.go.jp/home/kenkyushokai/unagi/unag_info.html
