『ガストロノミー “ジョエル・ロブション”』関谷健一朗さんが目指す「優しさの循環」とは
フランス料理の本質は食材を使い切ること
永遠に“満点”を目指して進化を続ける――。そんな言葉は意外だった。
世界で最も著名な料理人のひとり“ジョエル・ロブション”の名を冠したグランメゾンを率いる総料理長。そんな肩書きから「師が亡くなったからといって評価を落とすことは許されない。常に“満点”でいなければいけない」という途方もなく重い責任がのしかかっているのではないか、と勝手に想像していたからだ。
しかし目の前の関谷さんに悲壮感はない。というかとっても自然体だ。
「プレッシャーは…、うん…あまりないかもしれませんね。こんなことを言うとおこがましいですが、もともとロブションさんの料理に衝撃を受けてパリの『ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション』の扉を叩いたわけですから、ロブションさんが思い描く“満点”、つまり完璧な料理と、僕が理想とするそれとは感覚的に近いわけです。ですから“ロブション風”にしなければと、無理してそれらしい方向につくることはありません。
ロブションさんは、何よりも素材を大切にする方でした。主となる食材の持ち味を引き立て、ひと皿に複雑に詰め込み過ぎず、すべてを余すところなく使い切ります。素材のいい部分だけをよりわけて使うのではなく、どんな部分も上手に使い切っておいしい料理に仕上げる。それこそがフランス料理の本質でありフランス料理人としての腕前だと思います。ひと皿でも100皿でも、一見のお客様でも常連のお得意様でも“満点”を目指して作り上げた同じクオリティのお料理をお出しすること。それがロブションさんの教えであり、自分自身のスタイルです」
食材をすべて使い切る。そのためには一つひとつの食材と真摯に向き合い、それぞれの背景を知りたいと、時間をつくっては産地に足を運び生産者と会話を交わす。実は日本に帰国したばかりの頃は、フランスの食材を使い慣れていたため、「この料理はこの味に」と頭の中でクリアにイメージできるものの、日本とフランスの素材の味や風味の違いにとまどうこともあったそうだ。
「たとえば暑い季節によくお出しする『トマトの冷製ガスパチョ』。パリでは香りのよい新鮮なトマトの茎が実と一緒に届くので、茎もヘタもすべて使っていました。茎の青々とした香りがさわやかな風味となってトマトの果実味を引き立てるのです。けれども日本では一定の量の品質の高い茎を安定して仕入れることが難しく、また香りもフランスのものとはやや異なるので、無理に茎にこだわらず、キュウリやパプリカでつくりたい香りを補っています。パプリカは見た目は赤や黄色ですが、香りは青いんですよ」
