『ガストロノミー “ジョエル・ロブション”』関谷健一朗さんが目指す「優しさの循環」とは
フランス料理のおいしさを後世へ受け継ぐ「優しさの循環」
料理人として23年。“ロブション”の名のもとでのキャリアも18年になった。長い時間をかけて師との間で積み重ねた経験と築き上げた信頼が大きな指針となっている。
「僕にとっては、つくり上げたい唯一の味とそれ以外しかない。これもいいけれどあっちもいいよね、とブレることはありません」
迷いはない。ルセットだけでは伝えきれない、師と自身が追求する味を次の世代に託したい。だからこそ毎日厨房に立つ。この日も、つい先ほど「レモンとバニラのジュレ」をチームの前で実演してきたと言う。
「あえて言葉にすれば“技術力”になるのかもしれませんが、僕が表現したい“この味”というのは言語化が難しく、またルセットの数字で伝えられるものでも、一度や二度で習得できるものでもありません。そこでみんながルセットの分量通りにつくったものと、僕自身が説明しながらつくったものと、どこが違ってどれだけ味わいが異なるかを一緒に体験しています」
料理をつくって見せるだけではない。この料理はどんな土地で生まれたか。最初に考案した人は誰か。どうしてこういうつくり方をするのか。この料理と構成が近い料理やここから派生した料理にはどんなものがあるのか。いろいろと話をするという。
「総料理長としての義務感ではなく、自分がそうしていただいたから自分もやっているという感覚です。ロブションさんは、仕事に向き合う姿勢や料理への完成度には妥協を許さない厳しさもありましたが、とても優しい方でした」
“ロブション”の名のもとで働く喜び。それを関谷さんは「優しさの循環」と表現した。
「フランスでも日本でも、たとえば有名な生産者さんや料理人さんを訪ねると、見ず知らずの僕を親切に受け入れてくれるわけです。それはロブションさんが彼らと誠実にコミュニケーションを重ね、関係を築いてくれたおかげです。特にフランスでは、“ロブションさんにお世話になったけれどもうご恩を返せないからあなたに”と、思いを託される機会がよくあります。お客様もそうです。なかには僕の料理人としての人生より長い間ロブションさんの料理を食べ続けていらっしゃる方もいて、そういったお客様からいろいろなことを教えていただいています」
身に受けた優しさのバトンを次の世代に渡したい。その使命感は「M.O.F.」を受章したことでさらに大きくなった。アジアでは「一子相伝」や「門外不出」といった“秘伝”に価値を置くこともあるが、フランス料理界では、とりわけ「M.O.F.」受章者は、自身の技術や知識、経験を惜しみなく公開することでフランス料理の素晴らしさを広くシェアして次世代に伝えようと考えるそうだ。
「M.O.F.」に輝いたその年、“日本で伝統的なフランス料理を継承する”ことを目的に、志を同じくする料理人仲間9名とグループ「Club de l’Héritage Culinaire Français(通称クラブ・エリタージュ)」を結成した。
日本でも始まった「優しさの循環」。次は「トランスミッション賞」、それとも二度目の「今年のシェフ賞」受賞者として、私たちはそう遠くない未来に関谷さんの姿を再びステージ上に見るはずだ。
関谷健一朗(せきや・けんいちろう)
1979年千葉県生まれ。専門学校を卒業後、国内のホテルを経て2002年に渡仏。『ルカ・カルトン』『ル・グラン・ヴェフール』といった名店を経て2006年より『ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション』(パリ)。26歳でスーシェフを務める。2010年『ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション』(東京)シェフとして帰国。2018年「第52回 <ル・テタンジェ>国際料理賞コンクール インターナショナル」優勝。2021年『ガストロノミー “ジョエル・ロブション”』エグゼクティブシェフ(総料理長)に就任。 2023年「M.O.F.(フランス国家最優秀職人章)料理部門」受章。同年「Club de l’Héritage Culinaire Français(通称クラブ・エリタージュ)」結成。2024年『ゴ・エ・ミヨ 2024』の「今年のシェフ賞」受賞。
『ガストロノミー “ジョエル・ロブション”』
https://www.robuchon.jp
