本格フレンチを手軽に楽しめる『PATH』。二ツ星店出身の2人が「街のビストロ」を作った理由
2015年にオープンした富ヶ谷の『PATH(パス)』。朝8時から営業しており、開店直後から手作りのクロワッサンやフィナンシェを求める人たちが集まる人気店だ。店内に設置されたアナログレコードからは心地の良い音楽が流れ、オープンキッチンではスタッフがパンケーキを焼いたり、朝食用の野菜や生ハムをスライスしたりしている。一見カフェのようだが、ランチメニューはなく、15時にいったん閉店。夜の営業が始まる18時以降は、カウンターでワイングラスを傾けながら談笑する人や、テーブル席でフレンチのフルコースを堪能する人も現れる。
カフェにパン屋、バーにフレンチレストラン。あらゆる要素を内包しているので、「このお店は一体どんなジャンルでくくればいいのだろう?」と少し悩んでしまう。じつはこの店は、渋谷で『Bistro Rojiura(ビストロ ロジウラ)』をオープンし、4年連続でミシュランガイドのビブグルマンに掲載されたシェフの原太一さんと、フランスの『トロワグロ』本店でアジア人初のシェフパティシエを務めた後藤裕一さんが作り上げたもの。高級店で研鑽を積んだ凄腕の2人が「やりたいことだけ」を詰め込んだ『PATH』はどのようにして生まれたのか、話を伺った。
独立後のレストランパティシエの活躍の場は驚くほど少ない
シェフの原太一さん、パティシエの後藤さんは、どちらも二ツ星レストラン『キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ』で働いた経験を持つ。一緒に働いたのは数カ月だったが、お互い考え方や価値観が似ていると感じた2人は、その後も交流を続けたそうだ。後藤さんがフランス修行から帰国したときは、自分の進退について原さんに相談を持ち掛けたという。当時のことを後藤さんはこう振り返る。
「僕はレストランのコース料理の中でデザートを提供する“レストランパティシエ”だったわけですが、独立するとしたらケーキ屋やパン屋、カフェが多いのです。『決められたレールしかないのはなぜだろう』ということはずっと疑問に思っていました。つまり、お菓子をテイクアウトするパティスリーとは自分はカテゴリーが違うと感じていたんですね。けれど、パティシエが1人で何かしようとすると選択肢がありません。カフェも悪くはないのですが、あくまで美味しい料理とお酒があって、心地よい音楽が流れる中でデザートを食べてほしいという思いがありました。そういうことを原に相談していたんです」
後藤さんの得意とするデセールは、あくまでコース料理の流れの中で表現されるもの。しかし、パティシエだけでレストランはできない。悩んでいる彼に原さんはどんな言葉をかけたのだろうか?
「最初は後藤の相談に乗って真剣にあれこれ考えていたんですけど、2人とも理想とする店が同じだったので、『じゃあ一緒にやったらよくない?』という話になったんです。『後藤はフランスのクラシックな焼き菓子を作れるから、そういうのが美味しいってみんなに伝えられるよね』って話しました。僕もデザート作りを経験しているのである程度は作れますが、やっぱりパティシエが作るものはレベルが違うんです。後藤がいれば美味しいパンも出せます。『朝食もやりたいよね』ということで意気投合して、朝も営業することになりました。逆によくある1000円ランチのようなことはやりたくなかったので、ランチメニューは作っていません。自分たちのお店だからこそ、やりたいことを選べるので」
こうして、美味しい朝食と本格フレンチが食べられる『PATH』の構想が出来上がったのである。インテリアや小物、音楽なども2人でセレクトしたそうだ。好きなものを詰め込んだ店内は居心地が良く、温かな空気に満ちている。
フレンチレストランを敬遠している人も客層に取り込む
2人の経歴や実力を考えれば高級志向の店にすることもできたと思うが、なぜあえてカジュアルな店構えにしたのか聞くと、原さんが答えてくれた。
「レストランがだんだんカジュアル化しているとは言え、やっぱり結構なお値段がするので、飲食関係者ではない友人は、居酒屋や焼鳥店に行ってしまうのですね。それもいいのですが、僕たちはフレンチベースの美味しいごはんを知っていて、お店も経営しているので『食べたら絶対美味しいよ』ということをシェアしたいじゃないですか。同じように、素晴らしい経歴を持つパティシエがお店を開いても、食に敏感な人でないとなかなか食べに行きません。普段使いができる店で、後藤が作るようなお菓子を食べられるお店は今までなかった。要は間口を広げたかったんですね。もちろん、美食家が来ても『いいよね』と言われるものは出しているつもりです」
メニューも、普段フレンチレストランに行かない人でも気軽に来れる価格帯に設定したという。料理に関しても「フレンチの基礎知識がない人でも、すなおに『面白いね、きれいだね』と感じて、食べても美味しいと思える料理」を2人で考えているそうだ。