本格フレンチを手軽に楽しめる『PATH』。二ツ星店出身の2人が「街のビストロ」を作った理由
得意分野が異なるからこそ、お互いに刺激しあえる
2人は料理人の働き方に関する考え方も共通していたという。原さんは「後藤とは、修行時代に『こうだったらいいのにな』って感じたことも一緒だったんです。例えば、昔は終電がない時間に毎日タクシーで帰ったりしていたんですね。当時の月給は15万だったから、実家暮らしじゃなかったら破産するなと思っていました(笑)。毎日長時間労働で、休みの日も遊べない。そういう働き方を変えていきたいなという思いはありました」と話す。
現在、『PATH』のスタッフは営業時間を朝と夜に分け、2交代制にすることで労働時間を管理している。出勤したら必ず周囲の人と握手するというのも面白いルールである。これによりスタッフ同士のチームワークが高まるそうだ。
「オープン当初はお客さんがどれくらい入るのか、何人で働いていいのかが手探りだったので、僕らはずっと店にいて『結局、長時間労働じゃん』と話していたこともありました(笑)。最近は僕が朝の責任者、原が夜の責任者として、どちらかが店にいるようにしています。完璧に分けるのではなくてみんなで一つのものを作っているイメージですね」と後藤さん。
さらに、シェフとパティシエが同じ場所で働くことで、お互い刺激しあうという相乗効果もあるようだ。
「パティシエは専門職なので、ちょっとかじった程度ではできないレベルが技術的にも知識的にもあるんです。後藤が何か作っているのを見て、『これどうやるの?』『なんでこういう組み合わせなの?』と聞くと、それが料理にも使えるアイデアだったりするので、すごく勉強になります」と原さん。コースの最後に提供される、ホワイトキューブのデセールも2人で考えたものらしい。得意分野が異なるからこそ、お互いに補完し合えるいい関係を作っているようだ。
『PATH』の料理は一期一会。毎日少しずつ違う味や食感を楽しむ
伝統的なレストランの中には厳格にレシピが守られ、同じ味が楽しめることに重きを置く店もあるが、『PATH』の場合は毎日微妙な違いがある。後藤さんはモノづくりの中で「不均一」や「不均等」を意識しているそうだ。
「たとえばキューブ型のデザートは、そのまま置いて『キレイな形だね』というだけではなくて、あえて立たせて一角が欠けているほうが美しいと感じます。見た目や食感も不均等なほうがいいと思っているので、手で作るところは大事にしていますね。食材も均一なものを仕入れて、常に同じものを作って出すところもありますが、僕らの店に届く野菜やフルーツは毎日微妙に味や形が異なります。そういうところに寄り添えるほうがいいのかなと思っています」
クロワッサンの生地も、ラミノワという機械を使えば均等に薄くなるが、あえて手動式のシーターを使って、生地を伸ばす加減を微調整しているようだ。
後藤さんの言葉に、隣に座る原さんもうなずいて同意する。
「まさにそこの価値観がぴったり合うところです。例えば『昨日のクロワッサンはサクサクだったけど、今日はフワフワの部分が多かった』としても、着地点として美味しければクレームもないし、毎日来ても飽きないだろうと思っているんです。ハムもスライサーを使わずあえて手切りしているのは、厚さの違いが食感のアクセントになるからです。やはり食材の質にはどうしてもこだわってしまうので、自分たちが好きで信頼しているお店から仕入れたものを使っています。例えばハムとブッラータというチーズを使ったダッチパンケーキは1500円。『朝食にしては高い』と思われるかもしれませんが、本当に良い食材を丁寧に使っているので『むしろ安いでしょ?』という感覚です。世間では『安いものこそ正義』という風潮がありますが、良いものを料理心的な価格で、というのがスタンダードになればいいなと思います」
10年先にもこの店を残すためにできること
シェフとパティシエがタッグを組むことで、フレンチの可能性を広げる『PATH』。2人は、今後この店をどのようにしていきたいと考えているのだろう? 原さんはディナーの仕込みに励むスタッフを見やり「全体的にもうちょっと休みを増やしたいですね」とほほ笑む。そして「未来にお店を残したい」と言葉を続けた。
「10年後はもっといい店がたくさんあると思うんですよ。そのときにも『なんとなくPATHっていいよね』って言ってもらえるようにいいものを作りたいし、勉強したいですね。今も120%の力でがんばっているけど、もっといけると思います。サービス面や料理の味をとってもそうですけど、やっぱり自分たちでやっていると『もっと出来たんじゃないか』という反省点は日々あります。それを少しずつ減らしていって、プラスアルファで何か面白いことができたらいいですね。突拍子のないことをやるのではなく、もっとクオリティを高めていけたらと思います」
後藤さんは、「今年、原がコペンハーゲンに研修に行っていたんですよ。そんなふうに、お互いに一定期間海外に研修に行くのもいいと思います。『お客様が来てくれるからそれでいい』ではなくて、もっともっと面白くしていきたいですね」と穏やかに話す。
原さんと後藤さんが大好きなものを詰め込んだ『PATH』は、2人にとっていくら手をかけても足りないくらい大切な、子どものような存在なのかもしれない。完成形に見えて、まだまだ伸びしろのある『PATH』が今後どのような成長過程をたどるのかとても楽しみである。
■原太一(はらたいち)
1981年、東京都生まれ。学生の頃、音楽やデザインなどを総合したカフェ・カルチャーに影響を受ける。その空気感とレストラン・レベルの料理を出す店を持ちたいと、大学卒業後、レストラン、ビストロなどを経て、『キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ』で研鑽を積む。2011年に『Bistro Rojiura』をオープン。4年連続してビブグルマンにノミネート。引き続き、15年に『PATH』を後藤シェフパティシエと共同でオープン。
■後藤裕一 (ごとう ゆういち)
1980年、東京都生まれ。学生時代「食べるものをデザインする」フランス菓子に感銘を受ける。大学卒業後、『オテル・ドゥ・ミクニ』でレストランパティシエとしてのキャリアをスタート。その後『キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ』で研鑽を積み、フランスの『トロワグロ』本店で4年間シェフパティシエを務める。帰国後『SUGALABO』の立ち上げに携わり、2015年に『PATH』を原シェフと共同でオープン。
『PATH(パス)』
住所/東京都渋谷区富ヶ谷1-44-2 A-FLAT 1F
電話番号/03-6407-0011
営業時間/8:00~14:00、18:00~24:00(L.O.23:00)
定休日/月曜日、月1回日曜日