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日本を「100%オーガニック」に。東京グルメ界、話題の新店『ブラインド・ドンキー』が描く未来

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『ザ・ブラインド・ドンキー』のジェローム・ワーグさんと原川慎一郎さん

オーガニック料理に興味のある人なら、カリフォルニアの『Chez Panisse(シェ・パニース)』の名前を聞いたことがあるかもしれない。オーガニックブームの先駆者と言われるアリス・ウォーターズさんが1971年に開業して以来、食の世界にムーブメントを起こし続けているレストランだ。47年以上も前から、地元でとれる旬のオーガニック食材だけを使うという「地産地消」に力を入れ、シェフ自ら生産地に足を運んだり、作り手と密にコミュニケーションをとったりすることを大切にしている。新鮮な食材の魅力をダイレクトに引き出す味付けや調理法が特徴で、「全米で最も予約を取りづらいレストラン」と言われるほど人気だ。

その『シェ・パニース』で料理長を務めたジェローム・ワーグさんと、目黒の人気ビストロ『BEARD(ビアード)』のオーナーシェフ・原川慎一郎さんが、神田に新しい店をオープンした。それが『the Blind Donkey(ザ・ブラインド・ドンキー)』である。コンセプトはもちろん「オーガニック」。レストラン営業では有機野菜農家などから仕入れた食材を用い、8,000円 (税別) の5皿コースを提供。またバー営業も行っており、バーには気軽に立ち寄って、ナチュラルワインやスナックを楽しむことができる。

この店を立ち上げることになったきっかけは、2011年までさかのぼる。「生産者と消費者をつなぐこと」をテーマに、東京都現代美術館で行われた『OPEN harvest(オープンハーベスト)』というイベントで二人は出会った。27歳のときにサラリーマンから料理人に転身した原川さんは、当時のことをこう話す。

「僕はシェフになりたくて生きてきたというよりは、いろんな偶然が重なって料理の世界に入ったという感じなんです。もともと、オリジナルの料理をクリエイトすることやシェフになることへの興味よりは、居心地の良い場所を提供することに興味があったので、料理だけを切り取ることにはずっと違和感がありました。ジェロームと出会ったことでそのストレスが解消されて、『こういうやり方も世の中にはあって、認められているんだ』と知ったのです。イベントが終了して彼らが帰った後も、『継続してできることはないか』と考えて、仲間と一緒にノマディック・キッチンという取り組みを始めました。僕も毎年カリフォルニアに行っていましたし、ジェロームも多いときは年に2回のペースで来日していたので、ずっと交流は続いていたのです」

ノマディック・キッチンとは、料理人が中心となって、全国各地の生産者と出会い、食に対する学びを得るプロジェクトである。「小規模の作り手を支援すること」「土地の風土や文化とつながること」「収穫し、料理し、みんなで食べること」の3つを大切にしている。今や食材の仕入れはスマホの操作一つで簡単に済ませることができるが、どんな作物でも、長い間自然と向き合い、育ててくれる人がいる。そのことに真正面から向き合い、生産者のリアルな声に耳を傾け、仲間と情報を共有するのがこのプロジェクトだ。時にはジェロームさんも参加し、一緒に生産地をまわったという。

生産者から届いた食材に感謝し、その魅力を最大限に引き出す方法を考えるという『シェ・パニース』の流儀は、原川さんが2012年にオープンした『ビアード』にも受け継がれた。新店オープンのため2017年8月に閉店するまで、生産者の想いを伝えるレストランとして多くの人に愛されていた。

調理中のりんごガレット

素材の美味しさを最大限に引き出す料理とは

原川さんと出会って数年間はカリフォルニアに拠点を置いていたジェロームさんだが、2016年4月からは日本に移り住んでいる。『シェ・パニース』の次のステージとして、あえて日本を選んだ理由をジェロームさんに聞いてみた。

「シェ・パニースで25年以上働いていたので、チャンスがあれば自分でも店をやってみたいという気持ちはありました。しかし、サンフランシスコは、ビジネスが盛んになってすごく環境が変わったので、私にとってはあまり魅力的なところでなくなってしまったんです。日本に来てみると、『シェ・パニース』のやり方に興味のある人たちが結構いると感じました。私が行くことで、何か手伝えることや、伝えられることがあるかもしれない。それが東京であるというのは面白い可能性があると思ったのです」

新店では、料理を作るプロセスも見てほしいという意図から、オープンキッチンを採用している。長いカウンターに座れば、目の前で料理している過程を見ることができる。キッチンに立つとき、ジェロームさんはどんなことを考えて料理しているのだろうか。

ジェロームさん自ら丁寧に仕込んでいく

「料理を最大限に表現するためには食材が大事なので、素材にフォーカスしています。ヨーロッパであれば、マルシェに行って買い物したり、家庭菜園でつんだりした新鮮な食材で料理をします。にんじんが美味しかったら、いかにシンプルに料理するかを考えます。ピューレやスフレにするのではなくて、ローストや生でダイレクトに美味しさを伝える。若いにんにくの味を伝えたいときには、一緒にくるみを入れるのをやめるとか……、いかにストレートを投げるかを意識しています。料理には、作り手の考え方や哲学みたいなことが反映されると思うのです。大きくいうと、アイデアを盛り込む料理と、素材の美味しさを直接伝える料理の2パターンがあります。私たちは、極力『料理人のアイデアを食べる』ものではなく、素材の味を最大限に伝えるための調理を心掛けているんです。食材は自然がなければ育ちません。そこに向き合ってくれているのは生産者の方々です。食材を提供してくれている生産者の方に敬意を払うという意味でも、そういう料理になっています」

彼はスライスしたにんじんを小皿に盛り、「どうぞ」とすすめてくれた。生のにんじんは甘く、みずみずしかった。ここでは作り手の顔が見える食材を大切に使っている。原川さんはジェロームさんの言葉に頷いて言った。

「僕たちは本当に生産者の方々がいなければ存在できません。彼らともっと交流を深めていきたいし、存在を伝えていきたいし、次の世代に受け継いでいきたいです。僕らは『そのために存在したい』という感じですね。まだ昨年の12月に始まったばかりなので、まずはこのお店の土台をしっかり作ることが最優先。土台ができたら、イベントなどいろいろことをやっていきたいですね」

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三原明日香

ライター: 三原明日香

編集プロダクションに勤務し、フリーライターとして10年以上活動。ふとしたことから労働基準法に興味を持ち、4年間社労士の勉強に打ち込む。2014年に試験に合格し、20年4月に開業社労士として独立した。下町の居酒屋で出されるモツ煮込みが好物。