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異色の料理人、青森『澱と葉』の川口潤也さん。修行時代の挫折から故郷で花開くまで

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『澱と葉』での料理。「地を踏みしめる」と題された、こしあぶら、ブナの葉、スミレ、カタクリ、⿁胡桃、カレイ卵巣などを用いたひと皿

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茶寮『澱と葉』を始めたことで得たもの

『澱と葉』では、最初に川口さんが淹れるお茶を飲むところから食事がスタートする。そもそも、この『澱と葉』という名前の由来は、ワインの「澱」とお茶の「葉」。ワインの底に澱が、お茶の底に葉が残るように、澱や葉は美味しい飲み物の下にあるもので、自分たちはゲストの楽しい時間を支える、澱や葉のようなものでありたいという思いからつけられた名前だ。

「『澱と葉』だけだと、金銭的には楽ではないです。『澱と葉』は、いま月に数日しか稼働日がなく、頂いている料金はここだけで使い切っている感じです。それほど稼働率が低いと、ワインもグラス用にあけて次の営業で回収するようなこともできません。山に行くガソリン代もかかります。逆によかったなと思うのは、精神的にとても安定したことです。これはとても大きくて、自分のやりたい料理ができているなと感じます。コロナの影響もありませんでした。

『澱と葉』は僕の表現の場です。僕個人の色が強く出る場。これだけで商業ベースにのせるのは正直難しいです。パトロンをつければいいのでしょうが、それができていれば、そもそも東京でバテていません。だから、今は色々と別の選択肢を模索しています。

その一つは、最近鶴田町にオープンさせた水ギョーザと茶葉の専門店『回(かい)』。ここは高校の時の同級生と一緒に立ち上げました。また、ネットショップでお茶を販売したり、アートプロジェクトの展示を請け負ったり、飲食店のプロデュースのお仕事を頂いたりしています。『澱と葉』をやっていることで、そんな違う仕事が入ってくるようになりました。今は、それらを並行してやりながら生計を立てています」

『澱と葉』は、通常のレストランではなく、会員制の茶寮ということになっている。実際には会員制といっても、SNSにアクセスして川口さんに直接コンタクトを取れば来店は可能だ。なぜ、このようなスタイルにしたのだろうか。

「食事というのは本来、出す側と食べる側に信頼関係が伴うものだと思うんです。食べ物を身体に入れるのだから、昔は信頼した人の作ったものでなければ食べられなかったはずです。今の貸切スタイルになったのは、ゲストがゲストを選べないのがどうにかならないかと思ったから。たとえば、静かに食べたいのにお隣はにぎやかだとか。予約のハードルを少し上げているのもそのためです。本当に好きな人だけに来てほしい。『澱と葉』はレストランというより、茶の湯のように、僕とゲストが対等な関係性をもって、一体の空間を作り上げる場にしたいんです」

『澱と葉』のキッチン

働く人の多様性を実現するために

『澱と葉』を始めて3年。今後は『澱と葉』を含めた活動をどう発展していきたいか、また、いま料理人を目指している人、修業中の人たちにどんなことを伝えたいと思っているかを聞いた。

「キッチンをもう少し整えたいです。ラボじゃないですけど、発酵とか、もう少し研究をやりたい。ゲストの利便性も考えたい。

料理が好きなのにやめてしまうのは、もったいないと思うんです。一方で、料理だけにそんなにしがみつかなくていいんじゃないかという思いもある。今は、色々なやり方ができる時代です。自分がどんなことに向いているんだろうと悩んだときは、自分の特技を書き出してみるのもいいかもしれません。何ができるのか、何がやりたいのかをはっきりさせる、つまり、自分がどういう人間なのかを深掘りしていくことが大事なのかなと思います」

川口さんは「多様性」という言葉を口にした。多様性とはここでは、働く人の多様性のこと。今、料理人の世界は仕事量が多くても大丈夫な人だけが生き残っていけるという現状がある。そうでない社会も作っていきたいという意味だ。

「これから人口が減っていくと、働く人が減る。そうすると、一人が負うべき仕事量がさらに大きくなると思うんです。逆に僕のように、本当にやりたい仕事があるけど単価があげられないなら、ほかにも稼ぐ道を探せばいい。そういう土壌を自分が作りたい。僕はまだ若輩者だけど、まず僕が実験台になって、次に続く人たちに見せたいと思うんです」

料理人としての働き方、生計の立て方は一つではなくなった。川口さんのように、思いにかなう料理を出すための手段として、ほかの料理の仕事を複数掛け持ちする生き方もまた、可能な時代になったのだ。

『澱と葉』
https://www.instagram.com/oritoha/
リンク先から予約サイトに飛び、パスワードを入力し、事前に支払いを済ませる。予約方法もリンク先に記載。

川口潤也(かわぐち・じゅんや)
1993年、青森生まれ。高校卒業後、都内のイタリアンレストランで働くが、身体を壊し帰郷。八戸のワインバー『origo(オリゴ)』等で働き、2018年に鶴田町に会員制茶寮『澱と葉』を立ち上げる。

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。