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『シンシア』石井シェフらが医療現場に弁当を無償提供。「これも飲食業界の未来のため」

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誰かを喜ばせることが、やりがいとなる

スマイルフードプロジェクトは、企業からの協賛金や寄付で運営費や食材費などをまかなっているが、料理人はじめ全スタッフは基本的にボランティア。自分たちが大変な中で、あえて支援しようと決断した理由が二つある。一つは医療関係者へ感謝の気持ちを伝えることである。

「医療関係者の方々は、矢継ぎ早の診療や治療の合間に、コンビニのおにぎりやお弁当、固形食などを立ったまま食べていると言います。美味しい食事で少しでも安らぐ時間を持っていただきたい、栄養たっぷりのひと皿で、明日に向かう活力を養ってもらいたい。そう思って料理を作っています。特に意識しているのは季節感です。例えば、山菜を使ったご飯や、サクサクと香ばしい食感のおかず。旬の野菜を使った色とりどりのサラダ。炭焼きした鶏など。なかなか味わう機会がない、季節の香りや食感、彩りを少しでも口にしてもらって、普段とは違った楽しみにしていただけたらと思います」

弁当は特に季節感を意識しているという

ホームページやSNSを通して、スマイルフードプロジェクトのお弁当を食べた人から、喜びや感動の声が届いているそうだ。

「先日、看護師のお子さんを預かることを保育園が拒否したというニュースがありました。感染リスクの高い現場で、命がけで働いた結果、肩身の狭い思いをされている方も大勢いらっしゃいます。スマイルフードプロジェクトの活動を知り、『料理も美味しかったけど、それ以上に支援してくれた行動がうれしい』というメッセージをくださった方がいました。そういう声が、僕ら料理人にとってもやりがいになっています」

今後も継続的に支援していくため、個人からの募金も受付中。今後の計画としては、6月30日までの間に、合計約20,000食の提供を目標にしている。

感謝の声がやりがいに繋がっているという

未来のために、今立ち上がる

コロナ禍に苦しむ飲食業界を元気づけるというのも、石井シェフがプロジェクトを立ち上げた理由の一つだ。日本の飲食店は海外と比較しても素晴らしい技術がある一方、単価が安いため利益が出にくい構造になっている。自粛期間が長引けば経済的ダメージが大きいのは誰の目にも明らかだ。

「いま飲食店は本気で厳しい時期に差しかかっています。飲食店の多くが営業を制限され、何をすればいいかわからない状態です。僕たち料理人は、普段忙しく動き回っているので、働くことをやめると滅入ってしまうのです。政治家にも直接陳情に行きましたが、価値観のズレを感じました。政府が支援として考えてくれている融資や補助金は、申請しても振り込まれるのは数か月後です。僕ら料理人は今ですら厳しい状態。2か月間も店を閉めたら、個人事業主のほとんどは生き残れないのではないかと思います」

客足の鈍化も続き、毎日のように「飲食店が厳しい」という内容の報道がされている。石井シェフは、そのニュースを見た人が、飲食業界に夢や希望を持たなくなることも心配しているようだ。

「このまま飲食業界が落ち込んでいってしまうと、世界に誇れる財産がなくなってしまいます。素晴らしい技術を持っている人が店を閉めたり料理人をやめたりしたら本当にもったいない。だから、未来のためにふんばるというのが大事です。飲食店には色々なジャンルがありますが、僕ら高級業態の料理人は自分の技術を信じて、料理人の価値を高めていくことが後々につながると思います。社会貢献を通じて、『美味しい料理は人を幸せにする。だから料理人を諦めないでほしい』と伝えたい。若い人たちが『料理人ってカッコイイ』と憧れるような仕事をしていきたい。それが、僕たちの一番やりたいことなのです」

取材中、『シンシア』の石井シェフは会話の合間あいまに重い吐息をつき、疲労感をにじませていた。プロジェクトは今、混迷を極める忙しさだという。それでも心身を奮い立たせて、医療の最前線で働く人たちを応援している。その行為が巡り巡って、自分たちの業界の未来を守ることにつながると信じて、コロナ禍という未曾有の事態に立ち向かっているのだ。

6月30日までに合計20,000食の提供を目指す

石井真介(イシイ・シンスケ)
調理師学校を卒業後、『オテル・ドゥ・ミクニ』や『ラ・ブランシュ』を経て渡仏。フランスで本場の二つ星、三つ星レストランを経験し、2004年に帰国。 2008年より『レストランバカール』のシェフを7年間務める。 2016年4月、自身のレストラン『Sincère(シンシア)』をオープン。国内外の名店で培ったエッセンスをベースに、クラシックかつ遊び心のあるフランス料理を作る。

『シンシア』
住所/東京都渋谷区千駄ヶ谷3-7-13 原宿東急アパートメントB1
電話番号/03-6804-2006
営業時間/18:00~21:00
定休日/毎週日曜、第1・第3・第5月曜

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三原明日香

ライター: 三原明日香

編集プロダクションに勤務し、フリーライターとして10年以上活動。ふとしたことから労働基準法に興味を持ち、4年間社労士の勉強に打ち込む。2014年に試験に合格し、20年4月に開業社労士として独立した。下町の居酒屋で出されるモツ煮込みが好物。