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コロナと闘う、渋谷『酒井商会』の苦悩と葛藤。「正解なんて誰にもわからない」

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前列左から/東郷拓也さん、城戸美貴子さん、久木野彩香さん。後列左から/日塔良二さん、原大樹さん、深坂勇輔さん、酒井英彰さん

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、都道府県知事による休業要請を受け、多くの飲食店が休業または営業時間を短縮した。ところが、緊急事態宣言が全面解除される5月26日までの間、1日しか休まなかった店がある。割烹居酒屋『酒井商会』(渋谷)である。

「予約がなくて4月5日を臨時休業にしましたが、お客さんがお見えにならなかった日は1日もありません」と店主の酒井英彰さんは語る。『酒井商会』では暖簾をおろさなかっただけでなく、テイクアウトの注文も始めた。なぜ自粛休業しなかったのか。その理由を聞いた。

葛藤する中、営業継続を決意

4月1日、酒井さんはフェイスブックにこう綴った。「コロナ対策と不要不急の外出自粛が叫ばれる中、街の様子や日々流れるニュース、SNSを見て自分たちがどうすべきかと葛藤していて、一旦答えを出しました」。その答えが営業継続とテイクアウトの開始だった。なぜ営業を続けることにしたのか。

「理由は二つあります。一つは、いつもと同じようにお客さんを迎えたかったという心情的な理由から。もう一つは経済的な理由です」

2018年4月に『酒井商会』は産声をあげた。やがて予約の取れない店になり、連日満席が続いた(20席を2回転)。「ところが、3月に入った途端、予約に波が出てきました」と酒井さんは語る。

『酒井商会』の店主、酒井英彰さん

ちなみに4月に新店舗をオープンする予定だった。しかし工事が遅れ、オープンが6月末に延期になったものの、4月に新入社員を4名採用していた。

「年末に新店舗の保証金を1千万円払いました。その後5か月間も空家賃を支払い続けています(計500万円)。新入社員の給料も含め、営業を続けないと経済的に厳しい状況でした」

衛生環境などに配慮しつつ、店内営業を続け、テイクアウトもやろうと思っている旨をスタッフに伝えた。その提案に全員が賛成した。営業継続に賛成した理由をスタッフに尋ねた。

「相談される前から休業しなくてもいいのでは、と思っていました。街に灯りが灯っていると安心するし、明るい気持ちになれます。テイクアウト商品を持って帰ることで食卓を少しでも楽しくできればと思い、テイクアウトにも賛成しました」(女性スタッフ)
「店を盛り上げたくて働いてきましたが、突然客が減少。テイクアウトは武器になると思いました」(男性スタッフ)

酒井さんが3月の予約台帳を見せてくれた。3月22日の予約は38名、23日は19名。その後24日の28名を境に、29日は15名、30日は18名と続く。

「31日の予約は6名でした。このままではやばいと判断し、翌朝テイクアウトに必要な包材を30食分仕入れてから出勤しました」

テイクアウトを始めた旨をフェイスブックで告知。用意した包材は1日でなくなり、翌日30食分の包材を追加購入。その5日後、大小合わせて1000個の包材を特注する。営業継続とテイクアウト開始をフェイスブックで謳ったこともあり、テイクアウトの注文が大量に入った。

「4月1日から3日までは連日満席。『酒井商会』を応援しようと思ってくれたのか、常連さんが予約してくれました」

ところが、4月4日と5日は予約ゼロ。「ちょっと休もうか」と思い、5日を臨時休業にした。

ゆったりと食事が楽しめる

ある日を節目に営業スタイルを変更。貸し切り営業に切り替えた

4月7日、政府が7都道府県を対象に緊急事態宣言を発出。この日を境に、人々の新型コロナへの心構えが一変。外に出るべきではないし、外食なんてもってのほかと思うようになった。

ある日、常連客がこんなセリフをつぶやいた。「みんな外食をしたいと思っているけど、不特定多数の人と会いたくない」。その一言で開眼。不特定多数の人と接しない環境をつくることにした。4月9日から1日2組限定の2部制の貸し切り営業に変えたのだ。

「少しでもステイホームの気晴らしになればいいと思い、常連客にメールを送りました」

貸し切りを常連客限定にしたのは、スタッフが感染しないための判断でもあった。この日を境に、『酒井商会』の営業スタイルを刷新した。「お客さんには、私が一人で料理を作らせていただくことにしました」と酒井さん。子どもも大歓迎。メニューにはない卵焼きやうどん、薄味の料理を子どものために作った。おもちゃを持参した子どももいれば、店内を走り回る子どもも容認した。

「できる限り楽しんでいただきたかったし、わがままを言ってもらうつもりでした。稼ぎが欲しかったわけではないんですよ。ストレス解消に家族と一緒に来てもらえたらと思い、常連客に連絡させていただきました」

2人で来店した人もいれば、7名で来てくれた人もいる。

「売上は従来の10分の1。テイクアウトはピークで1日60食。GW中はテイクアウトの注文をたくさん受けました。でも、GW明けから注文が減り、15食の日もありました」

大小1000個の包材は、取材した5月12日の時点でほとんどを使い切っていた。

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中島茂信

ライター: 中島茂信

CM制作会社を経てライターに。主な著書に『平翠軒のうまいもの帳』『101本の万年筆』『瞳さんと』『一流シェフの味を10分で作る!男の料理』『自家菜園のあるレストラン』。『笠原将弘のおやつまみ』の企画編集を担当。「dancyu web」や「ヒトサラ」、「macaroni」などで執筆中。