新宿三丁目の老舗『池林房』、コロナ禍は長期化を覚悟も「必ず客は戻ってくる」

人通りが少なくなった新宿三丁目の街を歩く太田氏

店を再開したのに売上がわずか4000円の日も

40年以上にわたって人気の絶えなかった名店でさえも、終わりの見えないコロナ禍には為す術がない。

国の緊急事態宣言や東京アラートなどの発令もあり、4～6月の3か月間は池林房をはじめ4店舗すべてを休業。その損失額は、月の家賃約500万円に人件費や経費を加えると、ざっと2000万円近くに及ぶと太田氏は正直に打ち明ける。

「休業補償や助成金の類も申請していますが、ほとんどアテにはできません。従業員には雇用調整助成金を使って休業期間中の給料やバイト代を支払うことができますが、なかには小さな劇団で芝居に打ち込む“役者の卵”みたいな若者もいて、そっちのほうも舞台の延期や休演が続いています。彼らはマグロと同じで、常に動いて稽古や芝居をしていないと死んでしまう。それが心配でね」

じつは太田氏は『池林房』のそばに自身の事務所も入るビルを所有し、その1階に50人ほどが観劇できる芝居小屋をつくり様々な劇団の公演に貸している。こうした活動を通じて将来の夢に向かって突き進む若者たちを陰ながら支援しているのだ。

『池林房』ほか4店は7月に入ってようやく営業を再開したものの、客足が一向に戻ってこない日々が続いたという。

「50坪で120人以上は入る『浪漫房』が7月は1日平均5～10人のお客さん。なかには2人しか来ず、売上がわずか4000円という日もありました。それでもキッチン3人、ホールも3人のスタッフが勤務していて、僕が様子を見にいくとみんな頭を抱えて暗い顔をしてる。もう笑うしかないから、『今日は諦めて帰ろう！』と店を早く閉めたこともありました」

結局、主力店の『池林房』以外は8月に入って再び休業することを決めた。無理やり全店の営業を続け、ランチ時間にテイクアウトメニューを販売することも考えたが、「あまり儲からないだろうし、従業員が下手にコロナにかかって風評被害が出るくらいなら、他の店は休ませたほうがいい」と判断した。

「必ずお客さんは戻ってくる」と語る太田氏

常連客に支えられて42年「必ず店に戻ってきてくれる」

現在、『池林房』には徐々に客足が戻りつつあるが、太田氏は「コロナとの闘いは長期戦を覚悟している」と腹をくくる。

「ワクチンや特効薬が使えるようになるのもまだ先の話でしょうし、しばらくはひたすら我慢しなければならないでしょうね。このまま赤字が億単位に膨らめば最終的にはビルを売らざるを得なくなるかもしれませんが、古くからのお客さんに支えられてここまで続けてきた居酒屋は決して畳みたくありません。コロナが収まったら『あいつの店、大丈夫だったかな』と、必ず常連のお客さんは思い出して戻ってきてくれると思いますし、そのぐらいの人間関係は築き上げてきたつもりです。それを期待して僕は店でずっと待っています」

まさに新旧の飲食業態が融合して、誰が訪れても居心地の良い街に“醸成”された新宿三丁目。その中で『池林房』のような老舗居酒屋がなくなってしまったら、古き良き新宿の酒場文化や世代を超えたコミュニケーションの場も失われてしまう。

「僕はよく“300年生きる”と冗談で言っているのですが、少なくとも100歳までは現役で働きたい。そう考えるとあと25年もありますし、たかだか数年のコロナ禍は仕方がないと前向きに考えなきゃと思っています。アフターコロナで酒の飲み方が変わると言われていますが、パソコン画面に向かって人と飲むよりも、やっぱり気のおけない仲間と面と向かってワイワイと飲むほうが楽しいに決まっているし、そうした酒文化は絶対になくならないでしょう。1日でも早く元通りの賑わいが戻ることを願って、せいぜい今のうちに“免疫力”を高めておきますよ」

最後に太田氏はこう言って豪快に笑った。

『池林房』
住所／東京都新宿区新宿3-8-7 吉川ビル1階
電話番号／03-3350-6945
営業時間／火～金17：00～2：00（L.O.1：00）、土日祝16：30～2：00（L.O.1：00）※営業時間についてはコロナ対策のため店に要確認。
定休日／月曜
座席／70
http://www.chirinbou.com/chirinbou/c_top/chirinbou_top.html

撮影／内海裕之