渋谷『有昌』10年越しの復活にファン歓喜。2代目が目指す「町中華の新しいかたち」
看板メニュー「しいたけソバ」に、コアなファンがつく理由
しかしながら、10年もの時を経てもファンの心を掴んで離さなかった『有昌』の魅力とは一体どのようなものなのだろうか。
「どの店もそう考えているとは思うけど、“うちにしかない個性”が愛される理由なんじゃないかな。例えば看板メニューの『しいたけソバ』は、ほかの店ではまず食べられない、『有昌』らしさが詰まった自慢の一品です」
『有昌』の「しいたけソバ」は、透き通ったシャンタンスープに細麺ストレート、甘く煮付けたしいたけがトッピングされているのが特徴だ。食べているうちに、しいたけの煮汁がスープに染み出して、独特なアクセントがついた旨味と醤油のコクがプラスされていく。その滋味深い味わいに、つい丼ぶりの底まで飲み干してしまう。
「一般的に『しいたけソバ』といえば、醤油ベースのラーメンを提供する店が多いですよね。肉厚のしいたけがどっさりトッピングされていたり、トロみのあるあんかけだったり。うちで提供する『しいたけソバ』のこのスタイルはほぼ見たことがないです。ほかの料理でも、このシャンタンスープやしいたけの煮汁を使っているので、これらが『有昌』の味の秘訣と言えるでしょう。」
並木橋時代からの常連客が初めて『有昌 ASTAGE』を訪れるとき、道に迷って電話をかけてくることも少なくないそう。「近くまで来ていて、『有昌』の香りだけはするんだけど……!」と。それほどに特徴的で人々を魅了する香りなのだ。
土地柄、芸能関係のファンも多く、とんねるずの木梨憲武さんは並木橋時代から『しいたけソバ』を愛し、先代との親交も厚かったという。アーティスト集団のChim↑Pomも『有昌』の大ファンで、彼らが関わる渋谷パルコのリニューアルイベントで『しいたけソバ』の特別提供を懇願され出店したこともある。
後継者不足による閉店が相次ぐ町中華。『有昌』が示す新たな町中華のかたち
ここ数年は空前の町中華ブームとなった一方で、後継者不在で閉店する店は後を絶たない。18歳から家業である『有昌』で仕事を始め、2代目として店の看板を守り続けている橋本氏の目には、この現実はどのように映っているのだろうか。
「昔ながらの中華料理店は、労働条件が悪いし、単価も安くて儲けが出にくい。昭和・平成・令和と時代が変わった今、そのままの形で残すのは難しいでしょうね」
戦後に誕生した町中華は、自身が所有する土地や建物に店を出し、テナント賃料がかからない分、価格を安く設定することができた。しかし、その建物もそこで働く人もいずれは老いる。
「町中華においては、経年劣化で生まれる店の味わいが魅力の一つではあります。それだけはパッと買えるものではありませんが、逆に永久に続くものでもない。だからそれに依存しない、持続可能な形への変革が必要だと思うんです」
『有昌 ASTAGE』は新築2年ほどの物件で、路地の空中階。内装は明るくさっぱりした印象で、いわゆる町中華のイメージには結びつかない。それでも厨房での仕事や提供する料理、店を包み込む香りは町中華そのものである。
