西小山のイタリアン『nerisa』の生存戦略。住宅街で高単価&外国人を呼ぶ秘訣とは
イタリアンレストラン『nerisa(ネリザ)』があるのは東急目黒線の西小山駅から徒歩3分。静かな住宅街だが、近年は個人経営の飲食店が増えつつある。同店は学芸大学の繁盛店『リ・カーリカ』に立ち上げから勤めていた田中隆照氏が2021年に開業。イタリア・ピエモンテで学んだ味を忠実に表現し、外国人のお客からも支持を得ている。
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ピエモンテでの修業を経て、『リ・カーリカ』の立ち上げスタッフに
店名の『nerisa』はオーナーシェフ、田中氏の苗字をイタリア語に直訳した「nella risaia(田んぼの中)」をアレンジした造語。田中氏は自由が丘のイタリアンレストランで6年、イタリア・ピエモンテ州の一つ星リストランテで2年半、学芸大学の『リ・カーリカ』では8年間働いた。数年のスパンで職場を変えて職歴を重ねるのではなく、一つの店で長年経験を積む道を選んだのは、「職場での人間関係をじっくり作り上げていく方が、自分の性に合っているから」だという。
「深い関係が築けたからこそ当時お世話になった方々との関わりは今も続いていて、ピエモンテの修業先のシェフとも時折連絡を取っています。同じ店にじっくり腰を据えて働いていると、さまざまなポジションを任されることもメリットだと思います」
ピエモンテでの修業を終えて帰国した田中氏が入社したのが、株式会社タバッキ。今や繁盛店として知られる1号店の『リ・カーリカ』を立ち上げるところだった。
「オーナーの堤氏の料理のおいしさは以前に食べて知っていましたし、帰国後は独立を視野に入れて新規店の立ち上げに携わりたいとも考えていました。ここならピエモンテでの経験が生かせて、開業のノウハウも学べる。自分にとってとても良いタイミングでした」
もともと35〜40歳での独立を考えていた田中氏。36歳になる2020年には退職を決意するが、折しもコロナ禍で飲食業界は厳しい状況が続いていた。迷いがあったが、「いつ終息するかわからないからこそ、今決断しよう」と翌年には同社を退職した。
安定した客足が見込める住宅街に絞り、西小山で開業
当初は飲み屋街でありながらイタリアンが少ない荒木町周辺で物件を探したが、自宅から通いやすい目黒区、渋谷区、品川区にも範囲を拡大。そこで見つけたのが西小山の現在の物件だった。なじみのない土地だったが、偶然にも知人が営むイタリア料理店の物件だったことに加え、隣駅の武蔵小山にはタワーマンションが建設中で集客が見込めたこと、『リ・カーリカ』がオープンした当時の学芸大学に似た、落ち着いた住宅街であることが決め手になった。
「コロナ禍では繁華街が廃墟のようになりましたよね。一方で、住宅街は世間の情勢とは関係なく必ず住民が帰ってくるので、人がいなくなることがありません。このことを学べたのは、コロナ禍のおかげですね」


