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『割烹 喜作』森義明さんに聞く。世界的ブームになった「UMAMI(うまみ)」の正体と和食の魅力

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『割烹 喜作』の店主・森義明さん

この春、ロサンゼルスで大人気の『UMAMI BURGER(ウマミバーガー)』が日本に上陸し、話題となったのは記憶に新しい。「うまみ」が甘みや苦みに続く第五の味覚として認知されたことや、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたことなどをきっかけに、世界中で和食への関心が高まってきている。

たとえば、2012年に「世界最高のレストラン」に選ばれたデンマークの『noma(ノーマ)』では、うまみ素材の開発を手がけていることで有名だ。日本食の鰹節からインスピレーションを得た「鹿節」や、味噌から着想を得たエンドウ豆の「Peaso(ピーゾ)」を作り、料理に奥深い味わいを与えているという。

世界中でブームを巻き起こす「うまみ」の正体とは何か。そのルーツを探るべく、日本料理店『割烹 喜作』の森義明さんにインタビューした。

西洋料理と日本料理の「出汁」の違いとは?

店名の『喜作』は祖父のお名前から

開業からわずか半年でミシュラン一ツ星を獲得した『割烹 喜作』は、麻布十番の住宅街にある。若き店主・森義明さんの祖父は、貧しい農家を救うため、日本で初めて椎茸の人工栽培に成功した研究者の森喜作さんだ。彼はいつも名前の「喜」を書くとき、縦の字を1本少なくしたという。「1本足りない=一生完成しない」ことを信条に、常に向上心を持って研究するという決意の表れだった。そんな祖父に敬意を表し、森さんは1本足りない「喜」の字を店のシンボルマークに起用している。

料理人として、日々食材と向き合う森さんに「うまみとは何か」と尋ねた。

「第五の味覚としての『うまみ』であれば、アミノ酸です。出汁に使う昆布はアミノ酸の塊ですし、カツオのイノシン酸も風味になります。昆布はグルタミン酸が豊富ですし、干し椎茸にはグアニル酸といううまみ成分があります。日本料理の知恵の面白さは、イノシン酸やグルタミン酸などをかけあわせて、うまみの相乗効果を生み出していることです」

西洋料理がメインとして使っている牛や豚の肉は、煮込めば自然とうまみが出てくる。西洋料理と和食の出汁はどう違うのだろうか。

「例えば、西洋料理では鶏や牛の骨から大量にブイヨンやスープストックを作り、何日も同じ物を使用します。日本では、出汁を引いたら、その日のうちに使い切ります。鰹や昆布の出汁は時間が経つと酸味が出てくるし、うまみも飛んでしまうためです。インパクトの強い牛や豚と比べると、出汁の味も柔らかくて繊細なのが特徴です」

海老も出汁で直炊きにする

考えてみれば、鰹節のようにうまみを抽出するためだけに手間隙かけて作られる「食べない食材」そのものが世界では珍しい。出汁を活用した食文化が発達したのはなぜだろうか。

「日本は周囲を海に囲まれている上、長い間鎖国をしていたので、海藻や魚を主食とした独自の食文化が発展したことが大きいと思います。西洋では家畜の肉をメインに使うので、くさみを消すために香りの強いハーブやスパイスを入れて煮込んだり、仕上げにソースをかけたりします。いろんな要素を掛け合わせて渾然一体とした美味しさを作り上げるのが西洋料理だとしたら、和食は余計なものは入れない引き算の美学を大切にしています。日本人特有の探究心の強さもあり、出汁を使って食材そのものの味を引き立たせる技術が発展したのではないでしょうか」

日本の出汁の歴史は古く、大和朝廷成立以前から、干し鰹を煮詰めた調味料「堅魚煎汁(かつおのいろり)」を作っていたとされる。江戸時代には現代の鰹節の原型が完成していたというから驚きだ。西洋料理と比べ、食材の味が淡泊であり、料理の構成もシンプルだからこそ「うまみ」が発見しやすかったのかもしれない。

『割烹 喜作』の素材の美味しさを立たせる出汁の引き方

北海道石崎産の真昆布を使用

『割烹 喜作』でよく使われるのは、北海道石崎産の真昆布の一番出汁だ。真昆布は肉厚で幅が広く、山のように出汁が出ることから「山出し昆布」と呼ばれることもある。その昆布を水から煮込み、60度の温度で1時間半加熱する。味見をさせてもらうと、ほのかに甘くて上品な出汁だ。

昆布を取り出したら、出汁の温度を75度まで上げ、透き通るくらいうす削りにした鰹節をたっぷり放ち、時間を置かずに漉(こ)す。鰹節は国産の鰹本枯節で、血合い抜きを使うという。

「ご家庭では濾すときに鰹節を絞る人が多いのですが、そうすると酸味が出てしまいます。ちゃんと引いた出汁は、苦味や酸味がありません。これが素材の味を引き出すのにシンプルで一番いい味だと思います」

真昆布の一番出汁に鰹節をたっぷりと放つ

昆布出汁に鰹出汁を入れたものを味見させてもらうと、フワッと香りが引き立ち、さきほどよりもうまみが濃縮されているのを感じる。

「私はこの出汁を使って、素材の美味しさを迎えに行きます。個人的には、素材に対して寄り添う感じの出汁が最高だと考えているんです。例えば、大根は米のとぎ汁で下茹でせずに、出汁で直炊きするのがいちばんおいしい。下茹ですると、その湯に大根のうまみが溶け出すので、もったいないんです。大根に出汁が染み、出汁にも大根のエキスが広がり、お互いのうまみを最大限に引き立てあうのが良い状態です。大根は毎日、水分量やうまみの出方が微妙に変わります。調理をしながらその違いを察し、『この大根にはこの味付けが合うな』というふうに臨機応変に対応していきます。そこは料理人の感性がすごく出るところだと思います」

森さんはこの出汁を、豆や野菜を直炊きしたり、魚介の下味をつけたりするのに使用するという。うまみ成分の一種であるグルニル酸がたっぷり含まれている干し椎茸は使わないのだろうか?

「ここに干し椎茸を加えると出汁の風味が強くなりすぎて、野菜のうまみが引き立たなくなり、私が理想とする味ではなくなります。干し椎茸は素材に寄り添うというより、主役を張れるタイプですね。もちろん、同じ出汁を使った料理ばかりだとコースとしては単調になるので、どんこや鶏がら、松茸、鱧などいろいろな組み合わせを活用しながら起伏をつけています」

昆布や鰹節、干し椎茸のように異なる種類のうまみ成分をかけわせれば、相乗効果で美味しくなるが、主張しすぎて素材の邪魔をじゃますることもある。どの素材にどの出汁を合わせれば、美味しさが最大限に引き出せるのか。日夜研究が欠かせないのだという。

出汁のうまみを生かした「牡丹鱧と蓴菜のお椀」

一般の飲食店がうまみを活用するためのアドバイス

最後に、一般の飲食店が「うまみ」を活用するためのアドバイスを伺うと、森さんは「人に意見を言えるほど完成していないのですけど」と謙遜しながらこんなことを話してくれた。

「ひとつ言えるのは、素材を研究することです。とことん素材と向き合ったほうがいい。たとえば、シメ鯖を作るときに、何時間塩をして何時間酢をつけるという工程が毎回同じだったら、それを見直してほしい。なぜなら、今日のサバと明日のサバはまったく違うからです。脂の乗りが強いサバは、塩を長くつけても塩辛くなりません。ですが、脂の少ないサバに一時間半塩をつけると、うまみを損なってしまいます。サバから甘みを引き出せるくらいの塩加減と酢のしめ加減をマスターしようと思うだけでも、大変奥が深い。サバの一例とってもそうですが、素材によってうまみの出方がまったく違います。料理のやり方が一辺倒だと、その人が食材に寄り添っていないのではないかと感じます。毎日、食材に話しかけるように料理してほしいです」

祖父譲りの探究心の強さで、日々料理と向き合う森さん。味覚を高い水準に保つため、体調管理や食事をとる時間にも気を遣うという。1本足りない「喜」の字を見るたびに、「一生未完成」を信条にしていた祖父を思い浮かべ、飽くなき研究を続けている。

「毎日、食材に話しかけるように料理してほしい」と森さん

『割烹 喜作』店主・森義明さん
1974年、群馬県生まれ。高校卒業後の1993年、京都『露庵 菊乃井』入社。2000年、赤坂『もりかわ』で5年勤務した後、2006年、日本橋『ゆかり』へ。2008年、洞爺湖サミットに合わせ「ザ・ウィンザーホテル洞爺」に入社。2010年4月、35才で『割烹 喜作』を開店、独立。11月にはミシュランガイド2011で一ツ星を獲得。以後5年連続一ツ星を継続した。

森さんの技を堪能しようと外国人観光客も数多く訪れる

『割烹 喜作』
住所/東京都港区麻布十番3-3-9 COMS AZABUJYUBAN 5F
電話番号/03-5419-7332
営業時間/11:30~L.O.13:00 、17:00~L.O.22:00
定休日/日曜・祝日
席数/15
http://www.kappou-kisaku.com/

Photographs/Hiroyuki Uchiumi

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三原明日香

ライター: 三原明日香

編集プロダクションに勤務し、フリーライターとして10年以上活動。ふとしたことから労働基準法に興味を持ち、4年間社労士の勉強に打ち込む。2014年に試験に合格し、20年4月に開業社労士として独立した。下町の居酒屋で出されるモツ煮込みが好物。