「これからは賃料0円の店しか経営しない」。東京ピストル・草彅洋平氏の型破りな飲食店経営術
『BUNDAN COFFEE & BEER』を運営する東京ピストルの代表取締役・草彅洋平さん
駒場東大前の住宅街に、作家や本好きが通うカフェ『BUNDAN COFFEE & BEER(ブンダン コーヒー アンド ビア)』はある。店内にはマニア垂涎の稀少本や日本文学史を彩る名作が、天井に届きそうなほど高い本棚にずらりと陳列されている。メニューを開くとこんな文章が飛び込む。
「レバーパテトーストサンドイッチ」……1928年(昭和3年)の11月から大阪毎日新聞と東京日日新聞に連載された谷崎潤一郎の小説『蓼食う虫』。その中に登場する主人公の一人である美佐子が、夫と子どもを置いて家を出ることを決めた場面で作っていたのがトーストサンドイッチです。縦に二つに切った酢漬けの胡瓜を細かに刻み、ソーセージと一緒にパンにはさんで作ったというトーストサンドイッチをBUNDAN風にアレンジ。トーストはブーランジェリー『シニフィアン・シニフィエ』の「パン・ド・ミ」を使用しました。クラムのしっとりとした味わいをお楽しみください。
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「レバーパテトーストサンドイッチ」
その他の料理やドリンクも、すべて文学作品や作家に紐付けられている。どうしてこのようなメニューを作ったのだろうか。『BUNDAN』を運営する東京ピストルの代表取締役・草彅洋平さんに話を伺った。東京ピストルは、雑誌、ウェブといったメディアの編集、またイベントやスペースの運営などを手掛ける会社で、草彅さんは編集者としての顔を持ちながら、さまざまな飲食店をプロデュースしてきた人物だ。
「たとえば、エビスビールは世の中にたくさん売ってありますし、コンビニにも陳列されています。しかし、夏目漱石の『二百十日』という小説に出てくるシーンを知っているかどうかで、その後に飲む味が絶対に違ってくると思うんです。『そら恵比寿が来た。この恵比寿がビールでないんだから面白い。さあ一杯飲むかい』といって碌(ろく)さんが相手に洋盃を渡すシーンを思い浮かべながら飲めば、100年前に生きた漱石と同じ体験ができます。文学の魅力は時を超えることです。それを表現できるのではないかと思いました」
どこにでもあるエビスビールが、その瞬間「ここにしかないもの」になる。『BUNDAN』では「物語」というスパイスが料理や飲み物の価値を高めているのだ。

ビール一杯で100年前の物語にリンクすることも可能
さまざまな制約の中で黒字に至るまで
『BUNDAN』は近代文学館の中にあるため、営業日や営業日時にはかなりの制約がある。駅からも徒歩10分と遠い。そのような条件の中での営業に苦労はなかったのだろうか?
「『BUNDAN』はすごく営業のハードルが高くて、2年目まで赤字でした。そのときは相当苦労しましたね。駒場公園の中にあり、16時半ぴったりに門が閉まるので、16時10分になったら『そろそろ門が閉まりますよ』とお客様にアナウンスしないといけないんですよ(笑)。営業時間は9時半から16時20分まで、日曜日と月曜日は休み、第四木曜日も休み、おまけに文学館の図書整理のときは長期の休み。その上、駅からも遠い。こんなハードルの高いところで、3年目で黒字化したのは我ながらよくやったと思います(笑)」
今では海外からも客が訪れ、土曜日には行列ができるほど人気だが、2年目まで赤字だった原因は何だったのだろうか?
「最初の2年間は、文学作品に出てくる料理の味をリアルに追求しちゃったんです。昭和初期ってケチャップくらいしか調味料がないので、文献に忠実なものを作って出しても、あまり美味しくないんですよね(笑)。お客さんは文献通りのものが食べたいのではなく、文学の雰囲気を味わいつつ、美味しいものも食べたいんだということに気付くのに1年くらいかかりました。そこから現代人の味覚にも合うものを作ったんです」
その甲斐あって、今では料理目当てにお店に来る人や、『BUNDAN』のオリジナルレシピ集を買って自ら調理を楽しむ人も増えているという。
