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有名シェフの理想をかなえる鮮魚を。愛媛県今治の漁師・藤本純一さんが目指すもの

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漁船の上で、ハモの神経締めと処理を行う

取り引きしている料理店には必ず食べに行く

「おかげさまで、取り引き依頼をたくさんいただきます。ただ、先ほど言ったように獲る数に限りがありますので、出せる数は無限ではありません。だからやはり、自分が獲った魚を大切に扱ってくれる人(具体的には余すことなく使ってくれる人)、また、美味しい料理にしてくれる人、料理に対する思いなどが僕自身と合致して意気投合した人などと取り引きしたいと思っています。そして今治まで来てくれた料理人さんには、必ず料理を作ってもらうんです。僕も魚料理は作りますので、僕のよりはよい料理にしてほしいです」

金銭を介した取り引きであっても結局は人と人。縁あって取り引きしている飲食店、料理人さんとの付き合いを藤本さんは大切にしているという。

「取り引きしている料理店には、なるべくすべて出向くようにしています。年に2~3回、10日ほど休んで、昼夜昼夜とレストランの予約を入れます。食べ歩き兼、挨拶まわりですね。店によって、必要な魚のランクは一軒一軒違います。だから、そのシェフが求めるランクの魚を出すようにしています。たまに、懇意の知人から紹介を受けて、スポット的に料理店に魚を出すこともありますが、それだけでは取り引きは続かないです」

供給より需要が圧倒的に多い取り引き。一尾一尾の状態を見極め、適切な売り先を考えるという藤本さんの仕事のスタイルは、一般の鮮魚店とは大きく異なっている。

「うちは定期的、安定的に魚を出せる店ではないです。だから、注文を受けて出すのではなく、その店に合うと思う魚が獲れた時に、こちらから『いま要りますか?』と尋ねる方式にしています。そして、出すからには1週間はきちんともつような処理をします。お客さんには、『自分のところはいつも定期的に魚を出せるわけではないから、今までお付き合いしている仕入先さんとの付き合いは絶やさないでくれ』と言っています」

今は、藤本さんが扱う以外の魚種については、別の生産者さんを紹介することもあるという。また、魚以外の生産者さんともつながりができて、逆に料理人さんを紹介することも増えた。

藤本さんの魚を使った真鯛の料理(東京・代官山『レクテ』)

自分自身を知り、勝負どころを見極める

「漁にはチームで出かけます。なるべく質の良い魚を必要な量だけ獲るようにしています。必要な量だけというのが大事なところで、なぜなら獲れすぎると市場の魚の価格が下がってしまうからです。そうではなく、漁の時点で適切な量だけを獲って適切な値段になるようにしたいのです。豊漁でも安くしない。その分良いものを出します。価格が安くなくても絶対に良いものを出せば理解してくれる人はいますし、普段なら利益の出ないような安い魚でも、自分たちがここできちんと処理することで適正価格で売ることができます。そのことが結局は、魚の資源を守ることにもつながると思うのです」

また藤本さんは、時期によっては自身が獲った魚ではなく、ほかの地域の魚を勧めることもあるという。

「その地域ごとに今が旬の魚種があります。たとえば、明石の鯛がうちの鯛より美味しくなる9~10月には、明石の鯛を仕入れているお店にうちの鯛は出しません。僕はほかの地域の鯛と自分の鯛をこれまでたくさん食べ比べてきて、自分の魚がどれくらいのレベルか知っているからです。でも、そうでない時期ならば、きちんと手当てしたうちの鯛はほかの地域には負けない。適切な時期に勝負することが大事だと思っています」

世界の魚は、まだまだ美味しくする余地がある

「海外にいた料理人さんがみなさん口を揃えて言うのは、海外の魚はまだまだ美味しくする余地があるということです。海外の魚はクオリティ自体が悪いわけではなく、港に帰るまでの扱いが悪いのです。その証拠に、海外でもロブスター、オイスターはおいしいですよね。なぜなら、提供するまで生きているからです。獲れた時にちゃんと手当てができれば、海外にももっとすごい魚があるはずなのです。

僕もいずれは海外に出たい。現地の漁師さんたちと組んでその方法、考え方を広めたい。将来、海外でもきちんと手当てされた魚介類を食べられる日がきっと来る。日本のみならず世界中で、きちんと手当てされた魚介類を使って海外のシェフがどんな料理を作るのか。考えるだけでもワクワクします。そんな料理に出合うのが、僕の夢なんです」

「美味しい魚を提供したい」。ただその一心で日々、魚と向き合う藤本さん。その純粋な思いは、いつか海を渡り海外へと届くはずだ。

藤本純一(ふじもと・じゅんいち)
1982年、愛媛生まれ。漁師の家の4代目。幼いころから家業である漁師を手伝い、18歳ごろから本格的に漁に出る。現在は、獲った魚を自ら神経締めして料理店に直接出荷するスタイルを確立。2021年、フランスのレストランガイドブック『ゴ・エ・ミヨ 2021』日本版において「テロワール賞」(風土や食材、文化を尊重しつつ、食材を通じて独自の挑戦を試みている生産者を顕彰する賞)を受賞。

株式会社 蛭子丸
愛媛県今治市宮窪町宮窪2872-1

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。