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廃校を泊まれるレストランに。『オーベルジュ オーフ』シェフ・糸井章太さんが目指すもの

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『オーベルジュ オーフ』シェフ・糸井章太さん

近年の人口減少や少子化にともない、使われなくなった家屋や公共施設が日本全国で増えている。2002年~2020年に発生した公立校の廃校は約8,500校(文科省調査)。石川県小松市の山間部にある小松市観音下(かながそ)町の旧西尾小学校もその一つだ。

糸井章太さんがシェフを務める『オーベルジュ オーフ』は、2018年に閉校したその西尾小学校の校舎を丸ごとレストランや宿泊施設、カフェに改装、2022年7月に小松市の滞在交流施設としてオープンした。糸井さんに、開業までのいきさつや廃校を利用して開業することのメリットや困難だった点、また今後どんなことを目指すのかを聞いた。

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現地で感じた2つの「直感」

「最初にここを見たときは、まだ工事中でした。工事中でさびれた雰囲気だったので、レストランのイメージがわかなかった。最初この話をいただいたときに、自分自身ピンとこなかったというか、正直あまり乗り気になれませんでした。石川には僕自身ゆかりもないですし、学校をレストランにしたという前例を聞いたことがなかったからです」

糸井さんの出身地は京都府で、小松市にはゆかりがない。それでもやってみようと思ったのは、ある「直感」があったからだという。

「食材が良いのは聞いてました。北陸が最近じわじわと注目されているなと。そうしたら、まず一回現地を見てほしいというお話をいただいて。実際に行ってみたらとても良かった。まず環境がいい。水と空気。食材もいい。『ここいいな』と。半分は直感ですね。いい料理ができそうだという直感と、自分が成長できて、表現したいことができそうだなという直感です。これまで都市部での仕事が多かったので、そうでない場所でやるのに憧れもありました」

建物全景。1階中央がレストランで、2階3階には教室を改装した客室を配置する。グラウンドの草むしりなどの整備は、いまも地元の人たちが行っているという

『オーベルジュ オーフ』は、観音下の地域資源を活用し、地域の活性化を図ることを目的として生まれた。場所は石川県小松空港から車で約30分。小松市は日本海と霊峰白山に囲まれ、面積の7割が里山といわれる。日本遺産に認定された石の文化が有名で、「日華石(にっかせき)」と呼ばれる石の採石場が『オーフ』から望める。3階建ての校舎には1階の職員室だった場所にレストラン、玄関部分はカフェ、2階と3階に教室を活用した宿泊用客室が用意されている。

「都会のレストランのいいところは、いろんな国や地方から最高級の食材を入れて良い料理が作れるところですけど、フランスやいろんな国に研修に行ってわかったのは、僕はそれにあまり魅力を感じないということでした。ブルゴーニュに行ったらブルゴーニュのワインを飲んで、ブルゴーニュ料理を食べるのが贅沢。どちらかというと地元の食材を使ってどう表現できるかみたいなことに興味があるんだと気づきました。いいものはそこにあるんだから、それを料理するのが料理人の技術ではないかと。例えば日本中に美味しいお米がたくさんありますが、小松にいるんだったら、この蛍米(ほたるまい)が僕は一番贅沢だと思う。蛍がいるくらいきれいな水があるんですよ。それがすごく自然でいいなと思います」

『オーベルジュ オーフ』の敷地の隣には、杜氏の農口尚彦(のぐち・なおひこ)氏の醸造所兼テイスティングルームである「農口尚彦研究所」がある。

「やはり隣の敷地に農口さんがいらっしゃるので、土地柄、発酵とか麹を料理に絡めたいというのはあって、観音下にきてから、発酵食材を用いるようになりました。朝食では麹をテーマにして、甘酒を出したりしています。かつて修業していた米国のマンレサでは発酵にも力を入れていて、そのときに発酵にはいわゆる五味にない複雑な味わいがあると感じていました。僕にとっては発酵はソテーとか、揚げとか、そういう調理技術の一つです。出汁も使うし、中華のスパイスなども使います。そういう技術や知識はフレキシブルに自由に、食材はやはり地元のものを使う。その掛け算がやっぱり自分の目指すところです」

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。