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廃校を泊まれるレストランに。『オーベルジュ オーフ』シェフ・糸井章太さんが目指すもの

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3階の客室廊下。クラス番号を思わせる客室番号がユニーク。もともとあった手洗い所(写真右端)もそのまま残されている

「お邪魔します」という感覚

『オーフ』の船出は簡単ではなかった。それは、旧西尾小学校が地域のシンボル的な存在であり地元の注目度が高かったことと、地元の人々から、コンバージョン(建物の用途を変更し再利用すること)に税金が投入される以上は市民の利益に資するものであるべきだと考えられていたからだ。その地元の期待に応えられるかという部分での配慮が糸井さんたちには求められた。

「市民からは、公共施設という側面をもっと出してほしいという希望がありました。当然ですよね。外から知らない会社が来てレストランを作るという案では、市民にメリットがあるのか、というような空気でした。なので、少しずつ調整していきました。エントランスに誰でも入れるカフェスペースを設けたり、アルバイトさんは積極的に地元から雇用することにしたり。いま、実際にそうやって働いていただいています」

糸井さんたちは開業にあたって、地元説明会を何回も開いた。最初はなかなか受け入れられなかったというが、今は、近所の人たちからも応援されている空気を感じている。

「地元の人たちの空気が変わったなと思ったのは、やっぱり実際に僕が小松に来て、ここに住んでからです。顔を合わせてきちんと挨拶して、相手の名前を覚えて……、そんな小さなことの積み重ねだと思うんです。税金を使っていることもありますし、『なんかいい場所ができたよね』って思ってほしいです。地元の方々に対しては『お邪魔します』という感覚を常に持っていたいと思う」

糸井さんがここで作っていきたい料理はどんなものなのだろうか。

「料理とは極論をいえば好みで、価値観は千差万別です。国によっても違う。美味しい料理や綺麗で美しい料理は世界中にあふれていると思いますが、でも、もう一回あの店に行きたいとなる動機は、料理がというよりは、その店の世界観をまた味わいたいからではないかと。料理はレストランの一部でしかない。僕は料理そのものより、『オーフ』の世界観全体に魅力を感じてもらいたいと思うんです」

『オーベルジュ オーフ』のダイニング

成功とは「継続し続けること」

レストランが中核となってその地域の社会貢献に手を貸しながら店を続けていくことは、最近のガストロノミーの一つの形として定着しつつあるのではないかと糸井さんは言う。

「『オーフ』はすでに、僕の思いだけで運営している店ではなくなっています。廃校を使って、レストランを若いチームが運営して、日本はもちろん世界に発信していきたいというのは僕としては大きなチャレンジで、それがどれだけの利益を生むかはまだわからない。まず『オーフ』を、観音下という場所を知ってもらうこと、料理は価格破壊という感じになるかもしれません。何をもって成功なのかわからないですけど、今後、日本中の廃校が、僕らの挑戦をきっかけにいろんな使われ方をしていくことになったら面白いと思います。

だから、成功というのは金銭的に大きな利益を生むことだけではなくて、こうやってみんながここでずっと続けていけることなんじゃないかと思うんです。ひょっとして、唯一無二の個性の確立よりも、ここで継続し続けるということの方が成功なのかもしれない。

ここ数年、入国制限が厳しかったことから、今までであれば海外に行っていた人たちが国内を旅行するようになりました。それで、より日本の地方の良さを見つけられるようになった。ここ何年かで、地方の魅力みたいなものがよりフォーカスされるようになったんじゃないかと思います」

『オーベルジュ オーフ』のダイニング

オーベルジュという営業形態は、ランチとディナー営業のほかに朝食の準備があり、また、チェックイン・アウトの業務や宿泊客のケアも要る。一人で目を配れる量は限られているため、チームで運営していくことになる。その連携も重要なものとなる。

「チームで運営していくのはなかなか大変です。やっぱりレストランが核なので、それ以外のところはほぼ全部お任せするしかない。僕がそこも気にし始めると、レストランのことがおろそかになるので。スタッフには調理の技術も指導はしますが、大事なのはやっぱりちょっとしたスタッフ間の気遣いとか、挨拶とか、お客様に対する態度とかですね。清掃はパートの人に、客室チェックはフロントに任せる。責任感の強い人に任せた方が本人のモチベーションが上がるんです。僕が見るよりも、その人が「自分で見なきゃいけない」って思った方がいい仕事をするので。やってたらできるようになるんですよ。信じるしかない。ポジティブシンキングですね。これは結構大事なことなので、繰り返しみんなに言ってます。

ないものはなくて仕方ない。ハーブがひとつ足りなくてもすぐ買ってこられるわけではない。代わりに何か違うもので食材を飾る、また、藁を焼く代わりに朴葉を焼くなど、あるもので工夫します。

僕らには都会で武器にならないものが武器になる。廃校をコンバージョンしてトップレストランを目指すのは、多分まだほとんど前例がないと思います。ここでは不自由なことが多い代わり、豊かな自然と見通しの効く視野があります。僕らにとってはこの環境全部、観音下という町全部がフィールドだと思っています」

建物をコンバージョンすることで、これまでなかった人の流れが生まれる。糸井さんの料理が、観音下に新たな訪問者を呼び寄せようとしている。

『Auberge “eaufeu”(オーベルジュ オーフ)』
所在地/石川県小松市観音下町ロ48
TEL/0761-41-7080
席数/38(ダイニング28席/個室10席)
アクセス/小松空港、JR小松駅、小松ICよりそれぞれ車で約30分
https://eaufeu.jp/

糸井章太(いとい・しょうた)
1992年、京都生まれ。辻調理師専門学校フランス校を卒業。2014年『メゾン・ド・ジル 芦屋』に入店(2016年『メゾン・ド・タカ 芦屋』に改称)。2018年、35歳以下の料理人を対象にしたコンクール「RED U-35」において最年少の26歳でグランプリ「レッドエッグ」を受賞。2022年7月『Auberge “eaufeu” オーベルジュ オーフ』シェフに就任。

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。