『原価ビストロBAN』の新業態『チュウノジョウ』。月商700万円を売る“中の上”という価値
「なにとは言えないが、なんか良い」。“中の上”は、こうつくる
『チュウノジョウ』の店名にも由来する、“いつもより少し良い”を感じる店づくりとは、どのような客層を想定し、具体的にどのように実現させているのだろうか。
「年齢・性別ではなく、価値観や消費行動でセグメントしたペルソナは、ちょうど居酒屋利用者のボリュームゾーンと重なっていました。客層に厚みがあるので、あけすけに一歩進んでいるのはやり過ぎで、半歩先くらいが丁度良いと思うんです。特に秀でた一点をつくらず、いろんな要素にちょっとずつこだわった結果、全体的になんか良いという状態を目指しています」
『チュウノジョウ』はいわゆる大衆居酒屋だが、たとえば使い捨て箸には高級な先細り仕様の製品を採用し、上品な箸置きを添える。ドリンクは、口当たりが繊細な「うすはり」のオリジナルグラスで提供。立ち飲みカウンターの高さは女性客に合わせ、少し低めに設計している。
「どれもアピールするまでもないことで、むしろ気づかれたくありません。お客さまが『チュウノジョウはここが良い』と断定できないくらい、無意識的に好意をもってもらいたいので」
この感覚を料理に落とし込んでいるのは、渋谷・三軒茶屋に出店する人気店『富士屋本店』出身のシェフ重松大樹さんだ。
「彼は僕の感覚を理解して、的確に料理で表現してくれます。おしゃれ過ぎず、奇をてらわず、それでいてここで食べる価値のある料理。その塩梅が絶妙で、『チュウノジョウ』たらしめるのは、彼あってこそです」
客が求める基準は千差万別で、一概に数値化することはできない。それでも単価1,000円未満の価格設定とサービスの総合力で、絶妙な“ちょうど良い”を演出しているのだろう。
今、目の前にいるお客さまを大切にする、パーソナライズ接客
ビジネスを構成する要素を、価格・サービス・アクセス・商品・経験価値という5項目に定義する経営理論があるが、飲食店においてもこの5項目のどこを強化するかが、すなわち店の特色になる。複数の項目で水準以下をマークすると客から見放され、逆に全項目で満点を狙うとリソースが破綻し立ち行かない。こうした視点から、同店が最もリソースを割くのはサービスだ。
「ここで言うサービスとは、いわゆる“接客” とはニュアンスが違って、よりパーソナライズするというイメージです。例えば、ほぼ毎日立ち寄ってくれる常連さんでハイボールが好きな方がいますが、その方のためだけに特別なウイスキーを用意しています。まだ見ぬ誰かに向けて集客予算や労力をかけるより、格段に建設的です」
サービスを強化する一方で、店づくりは極力シンプルであることを心掛けているという。複雑化して余計なリソースを割いてしまうと、普遍性という当初のコンセプトや、サービス重視の理念がブレてしまうというのがその理由だ。
しかしながら、こうした一段上の接客ができるスタッフはどのように育てるのだろうか。
「この感覚はミーティングで共有したからといって、すぐに習得できるものではありません。それよりも体験を通じて感じ取ってもらいたいんです。その一環として以前、店を休みにして常連客を招いたイベントを開催したこともありました」
春に開催したお花見イベントでは、常連客とスタッフ総勢60名が集まった。参加費は全員無料で、スタッフには時給はもちろん帰りのタクシー代まで渡したという。参加する客の顔を思い浮かべながら弁当を準備し、いつもと違う場所で飲食を交えたコミュニケーションをとる体験から、スタッフが自然と得るであろう学びへの投資だ。「損して得取れです」と小泉さんは笑う。
7月には留学で店を離れるスタッフの送別会を兼ねてバーベキューパーティーを予定している。前回同様、参加費は無料だが、主役への餞別を持ち寄るよう募っているというから、常連客とスタッフの関係性が、より近く強固になっている様子がうかがえる。
