「マンダリン オリエンタル 東京」ダニエレ・カーソンさんの“人との繋がり”から生まれる創造力
日本の食文化を取り入れながらピッツァを再構築
ピッツァを構成する要素は何か。その一つひとつを究極まで磨き上げれば、これまでとは別次元のピッツァに到達するのではないか。そんな思いから生地、ソース、トッピングの具材、焼き方などを見つめ直した。イノベーティブ料理の世界では、伝統料理や家庭料理など元々あるものを分解し、基本的な構成要素は継承しながら洗練されたものへと組み立て直す“再構築”がトレンドとなって久しいが、ダニエレさんのこの取り組みこそまさに革新的。“ピッツァの再構築”といえる。
なかでも食べ手を驚かせたのが、これまで味わったことのなかった生まれたてのフレッシュな生地だ。ひと口に生地といっても、粉の選択から配合、塩加減、水分量、熟成など構成要素は無数にある。ダニエレさんがつくるのは、イタリア産のオーガニックの小麦とライ麦、計5種類の粉をブレンドして、80%の高加水、48時間の長時間発酵でさっくりふわふわに仕上げた2種類の生地だ。ライ麦が多めの軽やかな「レジェーロ」はトマトベースに、ライ麦が少なめでより小麦の風味が豊かな「サポリート」はチーズベースに、とソースに合わせて使い分ける。現時点の彼のアンサーだ。
「東京に来て、まずは日本のお客様の好みを理解したいと、寿司や割烹、懐石といった日本料理を食べることから勉強を始めました。たとえば寿司の酢飯は、季節の寿司ダネや料理人がつくりたい味に合わせて調合しますよね。寿司職人からヒントを得たことが私の生地づくりに繋がっています」
最初の一歩は極上の生地づくりから。当初は「ピッツァ マルゲリータ」や「ピッツァ マリナーラ」といった本場イタリアの王道メニューを中心に提供していた。しかし日本の食文化に親しむにつれ、世界的には時に“クレイジー”と称されることもあるほど、日本では季節が細分化され、料理と密接に繋がっていることを深く理解していった。
「イタリアでも、もちろん四季の食材を楽しむ文化があります。しかし“走り・旬・名残り”や“二十四節気七十二候”というような、日々の移ろいを素材の変化で表現する繊細さは東洋的で、日本の文化そのものだと感じました。季節の美しさをピッツァと融合したい。それを実現した一例が春の代表作『山菜のピッツァ』です。でも、これは私ひとりでは発想できませんでした。季節の食材を用いた料理を教えてくださった日本料理の料理人、山菜と油脂の組み合わせの妙を教えてくださった天ぷら職人、また、先日は札幌『すし宮川』の宮川政明さんに北海道の山を案内していただき、摘みたての山菜について学びました」
5つ星ホテルの総料理長という偉大な肩書きを持ちながら、いつでも謙虚で誠実だ。自身ひとりの成功ではない。多くの人との繋がりがあったからこそ創造力を養うことができたと言う。人の思いを大切に、お客様の声にもしっかりと耳を傾ける。たとえば開店当初は、イタリアのスタイルそのままに一枚まるごとのピッツァをサーブしていた。しかし大人数で食卓を囲むイタリアとは異なり、東京ではゲストの多くが少人数で、一枚まるごとを提供するイタリア式では2、3種類しか味わうことができない。多種類を少量ずつ味わう日本料理に慣れた日本人ゲストは、もっとたくさんの種類のピッツァを試したいという声が多かったという。
そこから着想したのが、まるごとのピッツァを8名のゲストで1スライスずつ分かち合い、日本料理のように季節を細やかに反映しながら、味の緩急をつけたコース仕立てでドラマチックに演出する「ピッツァ オマカセ」だ。なにも突然、天から大胆な発想が降ってきたわけではない。真摯にピッツァと向き合い、お客様により喜んでいただくために実直に改善を繰り返した結果がこのスタイルなのだ。それでもまだ完璧ではない、とダニエレさんは言う。
「どうすればよりお客様にお楽しみいただけるか、チームみんなで常に考えています。たとえば予約が取りづらいというお声を多くいただいたので、ランチタイムにはアイテム数を少し絞って提供時間を短くしたランチ用『ピッツァ オマカセ』の提供を始めました。また、コースを最後までお楽しみいただけるように、今はデザートの試作中です。少人数のカウンターだからできるアラミニッツの…と、今はここまでしか言えないのですが(笑)、早くみなさんにお披露目したい。どうぞご期待ください」
