一流シェフたちの名言に刻まれた料理人としての在り方

Photo by Kārlis Dambrāns「Chef Māris Jansons」
「お前の信念はなんだ? お前を支えている夢はなんなんだ?」
これは、筆者がフランス料理界の巨匠・井上旭シェフにインタビューをした際、逆に問いかけられた言葉だ。話を聞く側が逆に問いかけられる。しかも重い質問だ。一瞬にして固まってしまった筆者に対して井上シェフはこう続けた。
「いいか、テレビや雑誌のインタビュアーは、『あなたの信念は?』などと安易に聞いてくる。その前に、お前らは自分の信念を考えたことがあるのか? お前らの質問に対して、誰もが快く答えてくれると思うなよ。いいかよく聞け、オレの信念はな……」
インタビュー前に『シェ・イノ』の広報の方が「インタビュー、頑張ってくださいね」と謎の言葉を投げかけてくれた理由を一瞬で理解した。井上シェフを前に、何人ものインタビュアーが撃沈してきたのだろう。井上シェフの手痛い一撃のあとは、質問を消化するのに一杯一杯。聞くべきことをちゃんと聞けたのか、曖昧なまま取材を終えてしまった。
この日の取材をあまり思い出したくなかったため、原稿の執筆はどうしても後回しになってしまった。そろそろ書くか…と、取材テープを書き起こしたところ、こちらの質問に対して、時おり脱線しながらも正確に答え、かつ名言をところどころに散りばめていた井上シェフに驚いた。「ああ、これが半世紀以上に渡ってフランス料理界を牽引してきた巨匠の言葉か……」。どの言葉にも重みがあり、原稿中にいかに生かすべきか大いに悩んだものだ。
第一線に立つスターシェフの名言とは?
さて、前置きが長くなってしまったが、ここから本題に移りたい。筆者はこれまでありがたいことに、グルメシーンを牽引するさまざまな巨匠、スターシェフにインタビューしてきた。今回は、彼らが語った言葉をご紹介しつつ、料理人としての在り方を考えてみたい。
■『カンテサンス』 岸田周三シェフ
「お客様からの予約が入った時点で、その方に最適な料理を、その日の為だけに用意します。もしご来店時に、『別のものを頼みたい』と言われても、私ははっきりと『ノー』と言う。準備を重ねてきたものを自信を持って提供する。これこそが本当のサービスだと思うのです」
『ミシュランガイド』で三ツ星を獲得し続ける岸田シェフの言葉。岸田シェフの静かなる自信を垣間見るエピソードは、白紙のメニューをはじめさまざまとある。実際に話を伺ってみてると、もちろん自信で満ち溢れているのはそうだが、その根本にあるのはゲストに完璧なサービスを施したいという想いだ。上で紹介した言葉には、そんな岸田シェフの想いを垣間見ることができる。
■『アロマフレスカ』 原田慎次シェフ
「私は独立してから15年間、1日たりとも休まずにキッチンに立っています。料理人が保守的になってしまうと店の成長も止まってしまうのでね。でもこれだけ料理と向き合っていると、とんでもないメニューが誕生したりするんです。要するにマグレ。これがあるから面白い」
イタリア料理界の最先端をひた走る『アロマフレスカ』。もはや巨匠の域に達しようとする原田シェフでも、毎日厨房に立ち続ける。これがいかに大変なことか、料理人なら誰でも想像できるだろう。継続は力なり。使い古されたこんな言葉を地で行く原田シェフだからこそ、グルメシーンの最先端に立ち続けるのであろう。
■ル・マンジュ・トゥー 谷昇シェフ
「この琉球豚見て! これ1週間も掛けて塩漬けしてるんだよ。でもこうやってお皿に盛るとさ、そんな手間なんて全然わからないよね。でもそれがいいんだよ。この“さりげなさ”がさ」
フランス料理界に限らず、日本料理やイタリアンなど、さまざまな業態で尊敬の眼差しを向けられている谷昇シェフ。二度に渡るフランス修行、休みの日以外は店に泊まり込んで料理と向き合う……。そんなストイックな姿勢を感じさせない、“さりげない”料理たちは、美食家たちからの絶大な信頼を受けている。
ご紹介した3人に共通して言えることは、これ以上ないと言えるぐらい、料理に対して真摯に向き合っていること。一流と呼ばれる彼らには、輝かしい才能がいくつも宿っている。その才能を花開かせたのは一体なにかと考えたときに、やはり「覚悟」という言葉が真っ先に思い浮かぶ。料理にわが身を捧げる覚悟。これこそが、スターシェフになるために最も必要なことなのかもしれない。
さて、今回は3人のスターシェフの言葉をご紹介した。恐らく井上シェフの名言が気になる読者もいらっしゃるだろう。この企画、皆さまからご好評をいただければシリーズ化したいと検討中。井上シェフの名言は大トリとして残しておこうと思う。
■参考
『東京カレンダー』
Editting&Text/Hirokazu Tomiyama
