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恵比寿横丁仕掛けた浜倉好宣社長の発想とノスタルジア。原点はドリフ『もしも』シリーズ?

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(株)浜倉的商店製作所社長・浜倉好宣氏

JR恵比寿駅徒歩2分、小さな飲食店が20軒集まった『恵比寿横丁』は裸電球に赤提灯、人々の喧噪の中、ギターを抱えた流しのお兄さんの歌声が響く「擬似昭和空間」を楽しむ人で連日賑わっている。その仕掛け人がレストランプロデューサー、(株)浜倉的商店製作所社長・浜倉好宣(はまくら・よしのり=49)氏だ。21世紀に昭和を持ち込む斬新なアイデア、それを実現する行動力の秘密に迫った。

シャッター街の負の特性を逆に利用、今や小さな文化に

浜倉氏が恵比寿の物件(恵比寿横丁の前にあった公設市場)を見たのが2006年で、当時はシャッター街になっていたという。場所が持つ負の特性を、逆に魅力的なものにしてしまおうという逆転の発想が恵比寿横丁のスタートになった。

個性あふれる店が立ち並ぶ『恵比寿横丁』

━━恵比寿横丁の発想は斬新ですね。「こう来るか!?」みたいな

浜倉 僕自身、人が自然と集まる“溜まり場”づくりに興味があるんです。古い商店街、あの空気を感じた時に「個性的な店が屋台のように並んだら、すごく活気のある場に戻るんじゃないか」と思いました。繁盛の神様(エビス様)ではないですけど、ここに新たなパワー、町の溜まり場になるようなものをつくりたいという思いにかられて、物件のオーナー会社を調べて「ここをやらせてもらえませんか」と交渉したのが始まりです。

━━ターゲットとした客層は?

浜倉 当時はチェーン店が多くて、あとは少し閉鎖的な個人のお店のどちらかに分かれている感じでした。そういう個人のお店は店もお客さんもどんどん高齢化してしまい、若い人たちが入りにくかったんですよね。だからチェーン店を卒業した人たちが行く場所があまりなかった。特に若い人たちが世代を超えてコミュニケーションする場がなかったんです。だから、ターゲットはあえて絞らず老若男女、幅広い世代にしました。

━━恵比寿横丁については業態の提案というより、文化的提案でしょうか

浜倉 地域の特色もあると思いますが、著名な方がいらしたり、仕事に関係なく友達になったり、今はそれを超えて(女性を)引っ掛ける場所みたいになっていますけど(笑)、使い勝手がわかっている方が、恵比寿横丁を育ててくれている感じですね。お客さんと環境が恵比寿横丁を育て、時を経るごとに1つの小さな文化になってきています。

『恵比寿横丁』のコンセプトを語る浜倉氏

キャスティングの妙、ドリフの「もしも」

シャッター街の負の特性を生かす逆転の発想に加え、若者と高齢者との間のエアポケットの存在を察知し、両者をリンクさせ、需要と供給のバランスを見事に成立させた。そして浜倉氏自身が「個性的な店が屋台のように並んだら……」と語ったように、店側のキャラクター作りに腐心している。その点は恵比寿横丁より先に手掛けたプロジェクト・浜焼酒場『鱗』ですでに発揮されていた。

浜焼酒場『鱗』は業績不振に陥った50代が経営する魚屋を再生するためのプロジェクトで、ちょっと頑固な50代の魚屋さんと、茶髪とピアスをしている20代女性をキャスティングして、おやじと娘の“浜焼酒場”として始めたものだ。

━━個性的な店が並べば…というお話でしたが、それは浜焼酒場での経験によるものでしょうか

浜倉 浜焼酒場では50代、60代の人たちが持っている味と言いますか、それを生かせる環境をつくらないといけないと思っていました。でも、おっさんばかりだと(空気が)重たいじゃないですか。役職関係なく、他人だけど(頑固な)親父と(茶髪の今風の)娘がいて魚屋さんを営んでいる家族劇のようなキャスティングの酒場にすれば、若いお客さんも入りやすく、安心できて気軽に寄れる店になるだろうと。

━━まるでテレビドラマをつくっているような感じですね

浜倉 そうなんですよ、ドリフと同じです。「もしも○◯な店があったら」シリーズみたいな(笑)。難しく考えたり、考えすぎたりしていくと、みんな同じようになるじゃないですか。あれはダメ、これはダメで。それとは真逆に「もしもシリーズ」と一緒で“笑かしたらいい”という発想で、真剣に浜焼を表現しました。

━━成功する発想はリサーチ云々より、意外と身近にあるということでしょうか

浜倉 店は人が全てです。おじさんはおじさんならではの雰囲気を持っていて、そこにタメ口使っても許してもらえるような若い子だからこその個性を、店の命として加える。そうするためには、それなりのキャスティングが重要です。

━━店が醸し出す雰囲気はキャスティング次第ということですね

浜倉 店員が「いらっしゃいませ」とかしこまって言うよりは、若い子が「こんばんは~」や「おかえり~」みたいなノリの方が親しみやすいですよね。忙しくなってきて、おじさんがテンパった時には『お父さん、早く出して~』とか。店長と店員という関係だとおかしくなるのですが、父と娘のような関係性だったら大丈夫(笑)。

『恵比寿横丁』は連日、多くの笑顔であふれる

キーワードは『溜まり場』、対人関係の原点回帰

浜倉氏の発想には「溜まり場」という概念が底流にある。人々が集う大人のコミュニティーの場の提供は飲食店だからこそできるという考えに基づく。「溜まり場」へのニーズは、他者との関係がオンライン上が主流となり希釈化されている現代社会において、原点回帰に対する人々の渇望から生じているのだろう。そこを見逃さずにビジネスに取り込んだところが浜倉氏の真骨頂である。

━━冒頭で「溜まり場」という言葉が出ましたが

浜倉 今の時代、そういう場所がなくなったので必要だろうと。「ここに行けば、◯◯に会える」みたいな場所って、子供の頃はありましたよね。でも、社会に出ると見事になくなってしまいます。社会的地位に関係なく皆が遊びに来られる所、そんなコミュニティーの“場”づくりを、飲食店中心に横丁や商店街に拡げて創造しています。

━━その「溜まり場」に若い人が多い理由をどう捉えていますか

浜倉 特に都心の今の若い人は、他の人と密着したり気軽に喋ったりする場所がありません。勝手にカフェに行って、一人でスマホをピコピコしてる。だから(コミュニケーションのツールとしての)お酒を飲む機会もなくなります。そういった状況ですから若い人にも「親しみ」を感じてもらえたのでしょう。

━━浜倉社長ご自身が『溜まり場』に対する欲求が強いようですね

浜倉 育ちも関係していると思います。私が小さかった頃、父親が不動産の建売をしていました。京都の田んぼだった土地に何十棟と家を建てるわけです。僕たち家族もそこに住んでいたのですが、その時に出来た町内では盆踊りをやったり、地区対抗の体育大会に参加したり……。そうやって人のコミュニティーができることを体験してるんですね。だから僕自身、泥臭いところが出ているんだと思います。京都はしきたりがうるさくて窮屈な所ですけど、自分たちの時代に合った集まれる場所、溜まれる場所をつくりたいというのがずっとありました。それが今の溜まり場づくりにつながっています。

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松田 隆

About 松田 隆

フリーライター。スポーツ新聞社に29年余勤務し、記者を長く務める。法律関係を中心に政治、社会の諸問題を扱い、飲食を含む文化、スポーツに関する執筆も行なっている。青山学院大学大学院法務研究科(法科大学院)卒業。