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シンガポールの繁盛店『GYOZA BAR』に聞く海外出店のリアル。課題はやはり「雇用」?

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『GYOZA BAR』は色んな人の才能を持ち寄り運営されている

日系飲食企業のアジア進出が相次いでいる。大手レストランチェーンやファストフード店の進出が目立つが、これらの企業には内需の伸び悩みを海外進出で補う狙いがあるという。また、競争の激しい東京を避け、地方からアジアへ進出する企業もある。しかし、まだまだ個人店の海外進出はハードルが高い。理由の一つは、現地のリアルな情報が入手しづらく、実態がわかりにくいことが考えられる。

そこで今回は、シンガポールで飲食店を経営する有馬純一郎さんに、現地で開業する際に大切なことを聞いた。また、彼が挑戦する「飲食業のシェアリングビジネス」についても話を伺った。

「女子会」をコンセプトにした店が大盛況

有馬さんは、もともとはIT系企業の取締役。独立を機に家族とともにシンガポールへ居移し、美容系のサロンを開業。飲食店を始めたのは、「外食時に注文するワインの値段が高い」ということに気づいたのがきっかけだ。ワインの卸売り価格と比べ、店側の利益が高めに設定されているのが原因の一つだという。そこで有馬さんの妻、多三江さんが資格を取得し、オーガニックワインを輸入・販売する店を立ち上げた。

「日本ではオーガニックワインが人気ですよね。しかしこちらでは、ドンペリやモエ・ド・シャンドンのようなわかりやすい銘柄のほうが好まれていて、オーガニックのような希少性の高いワインはあまり受け入れられていなかったのです。そこで料理とのペアリングで提案すれば、もっと受け入れられるのではと考えました。当時、シンガポールのハイティー(アフタヌーンティー)が作り置き中心で、あまり手間がかかっていないことに不満を感じていたので、ハイティーとシャンパンを提供する店『TIME&FLOW』をオープンしたんです」

『TIME&FLOW』は「ガールズトーク(女子会)」をコンセプトにすべてを構築。「シャンパンとオーガニックティーは種類を自由に選べてしかも飲み放題、毎月新しいハイティーメニューも楽しめる。そしてシェフは三ツ星レストランの出身」ということを訴求し、インスタ映えするメニューを用意したところ、女性から大変な反響があった。フェイスブックで1,000件以上のコメントがつき、瞬く間にシェアされたという。類似の店がないだけに、現地に住む人から「これを食べるためだけにシンガポールに来る価値がある!」と絶賛されたほどだった。

お話を伺った有馬純一郎さん

シンガポール人の採用の難しさを知る

『TIME&FLOW』は客からは支持されたが、シンガポール特有の事情により、思いもよらない苦労に直面したそうだ。

「ポイントは雇用の難しさです。シンガポール人はサービス業で働くのを嫌がります。ですから、こちらとしては外国人を雇いたいのですが、シンガポール人の雇用を保護するため、シンガポール人を数人採用して初めて外国人を雇うことが許されるような仕組みになっています。当然、高い給料を払える外資系企業などに人材が移りがちで、雇用が安定しませんでした。フロアマネージャーやシェフが現地スタッフを囲い込んでいる場合もあり、ある日ゴッソリとスタッフが抜けることもあるんです。日本のような義理人情という概念は通用しません」

シンガポールではキャリアアップを求めて、転職を繰り返す「ジョブホッピング」というカルチャーがある。面接時には誰もが「やる気はある」「何でもやる」と意気込むので、安定して働いてくれる人を見極めるのは難しいそうだ。気性の似通った日本人を雇うときにも金銭的な壁が立ちはだかる。

「シンガポールは生活コストが高いので、現地で日本人を雇うには月給で50~60万円以上かかることもザラです。日本ではFLコストを考慮して人件費を決めますが、そうした常識は通じません。成功のためには稼ぐ知恵をつけないと、シェフを雇用し続けることも困難です。家賃も高かったため、『TIME&FLOW』は賃貸契約満了をもって退店しました」

有馬さんは、「シンガポールで成功するためには、経営のシミュレーションを綿密に行った上で、雇用コストを下げるアイデアが必要」と語る。たとえば、シェフを雇用するのであれば実店舗のみならず、週に何日かはプライベートシェフとして現地のセレブの自宅で料理を振る舞ったり、デパートなどの催事やイベントでポップアップショップを出店したりするなどの工夫が考えられる。現地の事情に精通したパートナーの存在も重要だ。

『GYOZA BAR』の餃子はセロリを入れた爽やかな食感が特徴

お金、場所、人を「シェア」する異色の飲食店『GYOZA BAR』

有馬さんが『TIME&FLOW』で感じた雇用の難しさを、「人材のシェアリング」という離れ業でクリアしたのが、『GYOZA BAR』である。シンガポールのノース・カナル・ロードにある『GYOZA BAR』は、多様な人種で賑わい、連日予約がとれないほどの盛況ぶりだ。コンセプトは「泡と餃子」。シャンパンやスパークリングワインに合わせ、セロリを入れた爽やかな食感の餃子を提供している。

この店がユニークなのは、7人の多様な人材が集まり、余っている場所やモノ、スキル、時間、人脈などをシェアしているところだ。出店した建物の1階にはラーメン店があり、『GYOZA BAR』はラーメン店が使用していなかった2階の空きスペースを借り受けることで営業をスタート。ラーメン店の店主は、餃子を作ってフード用エレベーターで2階に上げる役割も担っている。また、ワインインポーターである有馬さんの妻は、低価格でも品質が確かな酒類を提供。開店当初は、昼間は歯科受付で働く女性も、スタッフ兼教育係として店に立っていた。内装や広報、集客、そして店内で行われる音楽イベントなどもそれぞれ得意な人が担当している。各自が持っているリソースを活用することで、創業に必要なコストを大幅に圧縮したそうだ。

「もともと僕たちは1階のラーメン店の常連だったんです。妻が『ここの2階が空いているなら、人を集めて面白いことをやらない?』と提案し、学祭のノリで出資者を募りました。余っている場所やモノ、お金、スキルなどを持ち寄って、コーディネートしたのが『GYOZA BAR』なんです。みんなの才能の発表の場でもあり、お金を出し合って運用するファンドのような店でもあります。サラリーマンオーナーであっても、少額の投資で自分の店が持てるというのが面白いポイントだと思います」

普通、店をオープンしたいと思ってから実現するまでには半年から1年程度かかるが、『GYOZA BAR』が開店までに要した時間はわずか2カ月。全員本業があるため、各自空いている時間にフェイスブックのグループで連携をとりながら動いたそうだ。そのスピード感はシェアリングならではだろう。うまく活用すれば、開業までの敷居がグッと低くなりそうだ。

営業利益が出たときは出資金の割合に応じて分配。立ち上げ当初こそ、追加出資を求めることがあったが、営業が軌道に乗った今は、各々の得意分野をこなしつつ、負担なく気持ちよく営業できているそうだ。

この経験から、有馬さんは「思いを形にするときに、多彩なメンバーでやると思いもよらない良い結果になると確信しています。次のステップとして、日本でも同じことができないか検討しています」と話す。

2月8日に手描きの図面を共有。その翌月の3月末にはオープンにこぎつけている

シンガポールに進出する魅力とは

最後に、有馬さんにシンガポールで飲食店を開業する魅力を聞いた。

「ある意味、未来都市とも言えるアジアナンバーワンの都市で勝負するのはとてもいい経験です。住み込みのメイドさんがいるのが一般的で、最先端の教育システムがあるため、子育ての面でも魅力的です。効率重視の街作りをしているので、何事もクイックに運ぶのもいいですね」

多様な人種が入り交じるため、日本の常識が通じないという特徴もあるが、シンガポールならではの魅力もたくさんあるようだ。すでに多数の日系飲食企業が進出しているが、「シンガポールのワインは高い」「ハイティーのクオリティがいまいち」といった小さな気付きの中に、ビジネスチャンスは潜んでいる。それは世界中どこにいても変わらない真理なのかもしれない。

有馬純一郎(ありま・じゅんいちろう)
愛知県豊田市出身。株式会社ゲイン、株式会社エイチームを経て独立。現在はMacarons Inc.代表。シンガポール、台湾、日本を拠点として年の半分以上を海外で過ごし、アジアと日本のデュアルライフをおくっている。美容系サロンや飲食店を複数経営する事業家兼投資家。出版とIT出身の強み、海外での経験を活かし、アジア進出のアドバイスを行う。

店内は隠れ家的な雰囲気

『GYOZA BAR』
住所/7A North Canal Road 2 floor Singapore 048820
電話番号/+65-8319-0875
営業時間/18:00~L.O.23:00)
http://gyozabar.sg/

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三原明日香

ライター: 三原明日香

編集プロダクションに勤務し、フリーライターとして10年以上活動。ふとしたことから労働基準法に興味を持ち、4年間社労士の勉強に打ち込む。2014年に試験に合格し、20年4月に開業社労士として独立した。下町の居酒屋で出されるモツ煮込みが好物。