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ウラなんば『焼とんyaたゆたゆ』、注力してきた「人材育成」がコロナ禍の強みに

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『焼とんyaたゆたゆ 難波千日前』にて、同店を運営する有限会社川端屋商店の代表取締役・川端友二さん(左)と、人事コンサルティングを手掛ける山下成巳さん(右)

コロナ禍の飲食店では、スタッフの出勤日数や勤務時間を減らして営業する店も増えつつある。そこで課題となっているのが、スタッフのモチベーションをどのように維持していくか。集客に苦戦し、普段より活気を失ってしまった店、またその影響で収入が減ったスタッフもいるだろう。そんな状況の中で働く意欲を以前と変わらず保ち続けることはなかなか難しい。

大阪・ウラなんばを中心に、『焼とんyaたゆたゆ』など8店舗を運営する有限会社川端屋商店の代表取締役・川端友二さんは、以前から同社子会社で人事コンサルティングを手掛ける株式会社TOHGE(トウゲ)の山下成巳さんとともに人材育成に力を入れてきた。その取り組みがこれまでの店舗展開につながっているのはもちろん、コロナ禍でもしっかりと生きているそうだ。今回は『焼とんyaたゆたゆ 難波千日前』を訪れ、同社の人材育成について2人に聞いた。

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「ウラなんば」の仕掛け人が語る、人材育成への思い

「“スタッフは社会からの預かりもん”やと思っています。飲食業は独立を目指す人が多いから、うちで預かっている間はいろんな成長のきっかけを作ってあげたい。個人の成長は、会社の成長にもつながります」

そう語るのは、有限会社川端屋商店の代表取締役・川端友二さん。ここ10年ほどで大阪のディープな飲み屋街として盛り上がりを見せるようになった、「ウラなんば」の仕掛け人だ。

川端さんは豚肉料理にあまり馴染みのない大阪で、豚モツの串焼きと焼酎を提供する居酒屋『焼とんyaたゆたゆ』を2003年に大阪・西成区へオープン。焼酎ブームがきっかけで、こだわりの焼酎と一緒に豚モツの串焼きも注目されるように。その後、市街地への店舗展開として目を付けたのが、古くからのクラブやキャバレーが残る難波駅の東側、現在「ウラなんば」と呼ばれるエリアだった。

『焼とんyaたゆたゆ 難波千日前』の店内

当時は飲み歩く店がなかったレトロな“ピンク街”で、2007年に豚モツの串焼きと日本酒の立ち飲み居酒屋『大阪焼トンセンター』を構えて以降、『焼とんyaたゆたゆ 難波千日前』、スペアリブとワインの『winebar・ya Riblin(ワインバル・ヤ リブリン』(現在は改装中)、唐揚げとビールの『日本橋ビアホール』(現在はエスニック居酒屋『スタンドBB』として営業中)を続々とオープン。近隣にテーマを変えて店舗展開することで相乗効果が生まれ、それぞれ繁盛店に。さらに、このエリアに新たな街をつくる気持ちで「ウラなんば」と名付けて盛り上げていった。

そんな風に繁盛店を生み出し、街全体を盛り上げてきた川端さんが、かねてから人材育成にも注力してきたのにはこんな思いがある。

「僕が独立前に働いていた飲食店の社長のおかげで、豚ホルモンを扱う技術を身に付けることができました。だから、これを独り占めしたらあかんと思っています。うちから独立して、豚ホルモンで生計を立てられる人が増えていくと面白い。会社が栄養のある土となって、スタッフを育てたいんです」(川端さん)

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松尾友喜

ライター: 松尾友喜

和歌山の地元情報誌の編集部でパンの特集や連載、商品開発を手掛けるなど、“パン好き編集者”として活動。2018年に独立し、フリーランスのライター・編集者として、パンをはじめ食関連、旅と街歩き、インタビューなど幅広い分野で取材・執筆している。