飲食店.COM通信のメール購読はこちらから(会員登録/無料)
Foodist Mediaの新着記事をお知らせします(毎週2回配信)
powered by 飲食店.COM ログイン

コロナ禍の開業から半年、川口『Restaurant KAM』がオープンするまでとこれから

LINEで送る
Pocket
follow us in feedly

『Restaurant KAM』の本岡将さん(右)と田代圭佑さん(左)

弱冠23歳で静岡・富士宮市のフレンチレストラン『レストランビオス』のシェフに抜擢され、2019年には将来有望な若手料理人を選ぶコンテスト「RED U-35」において最年少で準グランプリを受賞した本岡将さんと、東京・三鷹市の『レストランマルタ』のソムリエだった田代圭佑さんが2021年、埼玉県に開業した『Restaurant KAM(レストランカム)』。二人はじつは幼なじみで、この店名も二人が20歳のときには決めていたという。

小規模なレストランを運営するにあたり最も多い形態のひとつが、料理人(シェフ)ひとり、サービスひとりの二人という体制だろう。二人でレストランをやろうと決めてから実際に開業するまでの苦労や二人でやるメリット・デメリット、また、このコロナ禍にレストランを開業するにあたり採用した独特の営業スタイルについても聞いた。

【注目記事】イタリア料理界の重鎮『アクアパッツァ』日髙良実シェフが語る「コロナとの闘い」

8年前の約束

本岡将(以下、本岡) 圭佑とはもともと幼なじみでした。今のように親しくなったのは20歳ごろです。僕は1回目の修業(フランス)から帰国したところで、そのときは一年弱日本にいました。再会したのはアルバイト先ですね。居酒屋みたいな店で、お酒の勉強をしたいなと思ってて。

田代圭佑(以下、田代) その店は、料理も出すけど、料理人がカウンターでお酒も売るみたいな店で、将は料理人なのに、お酒の売り方が上手ですごいなと思いましたね。で、“こいつ料理できるだけじゃなくて話せるんやー”って(笑)。そこからですかね。

本岡 その頃から、お互いに“将来は一緒に店やる?”という話をしていて、そのあと僕は2回目の修業で渡仏しました。

2回目の修業でフランスで働いていたとき、本岡さんは、シェフ就任の誘いを受ける。その頃、田代さんは大学を卒業し、飲食関係とは異なる業種の会社員となった。

本岡 パリの『アガペ』にいたときに、シェフを探しているという話をもらって。静岡の『レストランビオス』です。僕は当時まだ23歳だったんで大丈夫かなと思ったんだけど、そんな年齢でシェフをやらせてもらえるなんて貴重な機会だからぜひやった方がいいって言われて。それで帰国して、『ビオス』が閉店するまで結局3年間シェフを務めました。

田代 大学を卒業してから僕はJTBに入りました。最初の勤務先は福井支店で、ハワイや国内など社員旅行の手配が主な業務でした。そのあとで「ぐるなび」で働きました。レストランを開業するまでどこで働こうかとなったときに、将が「飲食業以外にも行っておいた方がいいよ」とアドバイスしてくれたんです。結果として、この会社員時代に、損益分岐点のこととか決算書を読む力が養えたのは、自分としてはすごい収穫でしたね。

本岡 その間も、LINEで連絡し合ってたし、フランスと日本で普通に連絡取ってたよね。

田代 アルバイトではない飲食の仕事は、『レストランマルタ』が初めてです。将の紹介で入りました。ここでドリンクペアリングを学びました。

「Restaurant KAM」全景。シェフの親族が住んでいた家屋を使っている

『Restaurant KAM』は、埼玉県川口市にある一軒家で、広い庭を畑にして料理に使う野菜を育てている。レストラン営業と同時に畑で野菜も作りたいという本岡さんの思いは、フランス修業を経て、静岡県富士宮市の『レストランビオス』時代に強固なものになった。

本岡 畑が欲しかったんです。レストランと一緒に畑もやるのは、僕にとっては必然でした。フランスで修業していたとき、近所で採れたトマトやズッキーニの味が市場のものとまったく違うと思いました。市場の野菜より、近所のおじいさんが作っているのをもらった方が美味しいんです。瑞々しさがぜんぜん違う。ビオス時代にも、松木さん(『レストランビオス』オーナーの松木一浩さん)と、“東京とか都心で野菜が美味しい店はなかなかないよね”って言ってて。野菜を発酵させたりして美味しく出す店はあるけど、それはあくまでも保存の技術であって、新鮮さが魅力ではないよねと。『ビオス』は、農園で野菜を育ててそれをレストランにすぐ出せることが売りでしたから、今回も野菜は美味しいものを使いたかった。そして、その野菜を自分で作りたかった。でも、都内で物件を探したんですが、畑がついた良いテナントがなくて。

田代 そう。畑を作るには土壌も大事で、どうやっても野菜が育たないような土壌もあるんですよ。

本岡 そんなときにちょうど、僕の妻の親族が所有する家(現在の『Restaurant KAM』の場所)が空くことになったんです。目の前の庭は畑にできそうだし、隣の敷地も使えるというので決めました。

営業中に畑に出て、料理に使う食材を収穫する。その距離の近さが魅力だ

結果的に、本岡さんの親族の持つ物件を借りることができたのは、彼らにとっては幸運だった。畑を作りたいという思いを実現できるだけでなく、レストラン開業よりずっと前から畑を稼働させることができたからだ。

田代さんは開業の半年ほど前にこの場所に引っ越してきた。本岡さんは、『ビオス』閉店ののち栃木県那須郡『レストランμ』開業の統括シェフに。定休日などに川口に戻っては、開店準備を進めていった。結果として、スタート時から根菜も含めてほぼすべての野菜を自前でまかなうことができたという。

田代 僕は今、この店の2階に住んでいます。2020年11月に引っ越してきました。店を始めるずっと前からここで畑づくりができたことは、とても恵まれていたと思います。

本岡 少ない時期でも半分くらい、多い時は9割以上の野菜が自前です。今はレンコン以外はほぼ自前で、それ以外だと、自前ですぐに作れないものはアスパラガスですね。アスパラは株から増える作物で、太くなるのに5年はかかるんです。

【注目記事】一つ星『ラペ』松本一平シェフ、「コロナ禍だからこそできることに挑戦する」

Pocket
follow us in feedly
無料会員登録で【限定記事】が読み放題!
飲食店.COM通信のメール購読はこちらから(会員登録/無料)
Foodist Mediaの新着記事をお知らせします(毎週2回配信)
うずら

About うずら

編集者兼ライター。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。