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『été』庄司夏子さん、料理の世界で結果を出すための「視点」と「行動」

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庄司夏子さん

小さな箱の中に、咲き誇るバラの花のようにマンゴーを敷き詰めたケーキ。庄司夏子さんは、季節のフルーツをあしらった美しいケーキや、近年は国際的な賞の受賞でも注目されてきた。24歳でレストランを開業、現在は2店舗を経営する。女性シェフは日本では全体の5%といわれるような圧倒的な男性優位の世界で、いま料理人を目指している若い人たちが夢を叶えるために社会に何が必要なのか、何を変えていくべきかを聞いた。

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「重い寸胴鍋が持てない」

「『独身ですか?』とよく聞かれます。日本では女性は20代で結婚して子どもを産んで……というのがまだ美徳とされています。女性だと当たり前に仕事のほかに家事があると見られます。料理人の生き方として、生活と仕事を両立させる生き方はもちろんありますが、そうでなくもっと上を目指したい、突き詰めてやりたいとなった時、家庭との両立は無理だと感じます。子育てにしても、日本にはシッターさんを頼む文化がありません。同じ能力の人が二人いたとして、一人はすべて仕事、もう一人は家庭と半々だとすれば、前者の方が才能が出せる。100%仕事にかけられる人の方が、目標へのリーチは早くなるはずです」

庄司さんは高校在学中からレストランでアルバイトをしていた。高校は食物調理科。卒業時に調理師免許を取得できる学科だが、卒業後に飲食の世界に進んだ同級生は多くないという。

「レストランの仕事は大きく重いものが多いです。食材も寸胴鍋も重い。男性でも重い鍋、女性だとなおさら重くて持てなくて、ヘルニアになってしまったこともあります。じゃあ寸胴鍋を小さくすればいいかというと、そんなことはしない、なぜなら効率が悪いから。そういう部分も、飲食業界で女性が続けていくのが難しいひとつの理由だと思います。

日本では、銀行で融資審査を受ける場合にまず差があります。同じキャリアの人が二人いたとしてそれが男性と女性であれば、女性が借りられる額は男性より低いです。私が融資を受けた銀行には女性の起業を支援する部門がありましたが、そういう部門があることがそもそもおかしくないですか? 女性が働くロールモデルは、日本にはまだ少ないと感じます」

飲食業界で女性を下に見る考え方は日本だけではない。

「以前、ベストレストランの授賞式の際、世界の女性シェフの朝食会に呼ばれたときにも、『生理になると女性は味覚が変わると言われる』とか、『ゲストに注意すると、店長を出せと言われる』などという言葉を聞きました。女性はこうであるべきという考え方の枠、男女観や家族や家事についての古い考え方は、日本だけでなくどの国にもまだ色濃く残っていると感じます」

庄司さんの名前を一躍有名にした、マンゴーのケーキ(提供;庄司夏子さん)

コロナ禍でも選ばれる“一握り”に残るために

現在、庄司さんは一日一組の招待制レストラン『エテ(été)』と、ケーキを販売するスペース『フルール ド エテ(Fleurs d’ été)』の2店舗を経営している。『エテ』の方は、ケーキの購入履歴があるゲストに、庄司さんが「よかったらいらっしゃいませんか」とオファーを出す形で営業しているという。

「コロナで変わった最も大きなことは、時間の尊さを知ったことです。何を食べるか、誰と一緒にいるか“なんとなく”でできない時代になりました。これまで何も考えずやってきた、そういう“なんとなく”何かをする機会が圧倒的に減るということは、飲食店をやっている身から考えると、それでも行きたいと思われなければならない。そうやって厳しく選ばれる一握りに残る必要がありました。コロナ禍の現在だからこそ、ここ一番で使われる店であり続けたい。そのために私たちは、常にゲストの期待を上回るものを出していかなければならないのです。

いま私のレストランは、私たちを支えてくれている人に感謝の気持ちを表す場所としてあります。レストランはお店と絆が出来ていて、お店の価値を分かってくれる人に来てほしい。ゲストも私たちも、お互いのストーリーをよく知っています。その人がどんな人で、どんなときに誰にプレゼントをするか、そういうストーリーを知っている人。私、スタッフ、お客さんの関係性が出来ていることが理想です」

レストランの席から眺める「庭」。ジュエリーブランドのEYEFUNNYによる盆栽のアート。香川の庵治牟礼町で、庵治石(あじいし)と呼ばれる日本のグラナイト(花崗岩)を用いて作られている。職人が一つの石から削り出して作る

「一日一組でいこうと思ったのは、どんなに仕込みが大変でも一組なら鍋の大きさはそれほど大きくなくていいからというのはありました。一組だと仕込みの量も少なくて済み、体力が温存できます。開業した当時は一日一組なんて、といわれていましたが、結果としてそれが、コロナ禍のいま望まれる営業形態のひとつになった面もあります」

『エテ』の一日一組という営業形態は、庄司さん自身の事情から生まれたものではあったが、現在、三密回避という点でもゲストに支持されるようになった。コロナ禍で新たな価値が生まれた例だ。

「料理人が市場に毎日顔を出すことは必要かなって思うんです。今はスマホがあるから何でもできます。声を聞くだけでなく、食材の状態も見られます。信頼関係ができていて絆があれば、工夫次第でいくらでもできます。私は魚をさばけるようになりたかったので、そのために市場に行って教わりました。肉だったら、下処理は骨が大きく硬くて、骨を切るために手を痛めてしまいますし、腱鞘炎になる。それなら外部に依頼したほうがより確実です」

市場に毎日顔を出すのが良いという考え方の根底には、手作業こそ至上、料理人は自分で全部やれることが美徳という共通認識があり、魚は全部自分でさばいて当然という考え方があるからだ、と庄司さんは言う。

「シェフ一人だけでレストランをやるという考えではなく、足りない部分は生産者さんも業者さんも巻き込んで、一丸となってやるという考え方も一つの選択肢としていいのではないかなと。夜遅くまで営業し、少ない睡眠時間で市場に毎日顔を出すのはとても過酷です。また労働基準法の見直しにより、法律の面でも厳しくなりました」

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。