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フランス料理『エラン』信太竜馬さんの3店舗経営にみる、「人のつながり」が持つ力

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「高農園 梶並農園 藏光農園 うえのはらハーブガーデン」。4か所の農園の野菜を盛り込む。生産者名がそのまま料理名になっている(写真提供;エラン)

開業して気づいた自分の「弱さ」

共同経営者が手を引いた時点で閉店してもおかしくなかった『エラン』を残すため、経営を引き継ぐことにこだわった信太さん。その動機は何だったのだろうか。

「開業1か月で父が亡くなりました。それ以外にも差し迫った家族の事情があって、私はオープンを真正面から迎えられる状態になかった。それがずっと心にひっかかっていました。あまりにも色々なことがありすぎて、開業当時にどんな料理を作っていたかほとんど覚えてないくらいです。

私はこれまで、料理人としてのステップを着実に踏んできたつもりでした。尊敬するシェフのもとで経験を積み、順調に独立できて、何事にも平常心で対峙できると思っていたのに、全くそうではなかった。自分の弱さに、オープンしてから気づいたんです。以前は、30代ではオーナーのもとでシェフになって経営を学び、その経験をもって40代で独立しようと考えていました。思ったより早く自分が経営のかじ取りをすることになって、経営者の責任の重さを痛感しました。

父は亡くなる前に、一度だけこの店を見に来てくれました。なので父が最後に見た私の姿は、ここにいる私の姿なんです。その店を1か月でたたんだなんて自分で自分が許せないと思いましたし、ここでやめたら、もう表参道を歩けないと思った。生まれ育った渋谷でレストランをやるのが夢で、それが叶って今また再開できるチャンスが与えられるのなら、やってみようと。そのためにどうすべきかを考えて、一個ずつクリアしていきました」

『エラン』の厨房。3店舗共同の厨房で、スタッフも両店を行き来している。開店時、2店舗の厨房を分割できる仕様にもできたが、あえてそうしなかったという

目の前の人と誠実に向き合う

コロナ禍、そして一人での経営という二つの予想外の出来事に見舞われた信太さんを支えているのは、他者を尊重し、誠実に関わっていきたいという楽天的なマインドだ。それは日々の仕入れや社会貢献にも表れている。

「市場にはほぼ毎日出かけます。たくさんの食材の中から自分が必要なクオリティのものを選べるのは、やはり大きいです。たとえば鯛が15本あるなかから2本を選ぶ際に、どのストライクゾーンからチョイスするかが大事なんです。『エラン』は最高品質のものを、『ボネラン』であれば品質と価格のバランスを考慮します。ピンの素材だけが必要なわけではない。そういう工夫の幅が広くできるのは、価格帯が異なる3店舗を運営しているメリットです。

生産者さんや仲卸さんが誰に売るかを決めるときに考えるのは、取引額の大きさだけではないと思うんです。相手も人間なので、顔が見える人、普段からやり取りがある人に良いものを回してもらえると思っています。

フランスでは生産者とのやりとりはシェフの仕事でしたが、ここでは一番若い子に担当してもらっています。食材が傷んでいたときに連絡を入れるのは当たり前ですが、食材が良かった時に直接『今日の食材、とても良かったです』と伝えることこそ大切、と伝えています。顔が見える取引をすることで、つながっていくものがあると思います」

また、社会につながる取り組みとして、子ども向けの料理教室を開催している。

「食育をやろうと思ったきっかけは、3歳くらいの子どもたちが食事に向き合う姿を見たことです。目の前の食事に向き合えない子どもたち、集中力が続かない理由は、食事の楽しさを知らないから。それは大人が教える必要があると思うんです。そうしないと、その子は食に興味を持てなくて、いつまでたっても食事が楽しいものにならないんです。

渋谷区の社会福祉協議会に、子どもの食育をやりたいと相談して、ここで料理教室をやることにしました。SNSのみの告知で月2回、1回6名、厨房に子どもたちを入れて、全員に包丁を持たせて魚をおろしてもらい、それを自宅に持って帰ってもらいます。そうすると、その魚について興味が湧き、子どもたちが家庭でもその話をすることができる。そうやって少しでも、子どものうちから食に興味を持ってほしい、美味しさが、異文化の楽しさに触れるきっかけになってほしいと思っています」

ここで料理人として生きていくために自分に何ができるかを自問し、まず目の前にある課題を解決していく。信太さんは「この店が若い人たちにチャンスを与える場所でありたい」と語る。その視線は、すでにはるか先を見ている。

『élan』
所在地/東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 4F
電話番号/03-6803-8670
席数/28
https://www.elantokyo.com/

信太竜馬(しだ・りょうま)
1988年、東京生まれ。辻調理師専門学校フランス校を首席で卒業、仏ロアンヌの三つ星レストラン『トロワグロ』で研修。帰国後『銀座 ロオジエ』、パリ『オテル・ド・クリヨン』を経て2012年『銀座 エスキス』のオープンに参画、2017~2019年スーシェフ。2020年1月、レストラン『エラン』とビストロ『ボネラン』、カフェ・デリ&バー『ユニ』を開業。2021年「ゴ・エ・ミヨ」日本版で「期待の若手シェフ賞」を受賞。

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。