正直、利益はほとんどない…、それでも浅草『たんじろう』が“唯一無二の牛タン”にこだわる理由
ランチタイムにはお得なセットメニューも提供
ここでしか出合えない価値を創り出すことが、人気店へのスタート地点
「ただ、納得がいくものが出来上がるまでには、相当苦労した」と振り返る。
無理もない。牛タンはコリッとした独特の食感が持ち味のひとつだが、火の入れ方次第では硬くなりやすく、また臭みが出やすい部位でもある。扱いはけっして容易ではないからだ。大久保氏は品種を変えてみたり、ロースト、ボイル、スチームと調理方法を変えてみたり、あらゆる手段で“新たな牛タンの美味しさ”を模索した。しかし、なかなか満足いくものができず、一時は諦めかけたこともあったという。
「最後に目をつけたのが、低温調理でした。出来たものを一口食べた瞬間に、『うまい! これだ!』と、やっと道が開けた気がしましたね」
一般的に約40~60℃の低温でゆっくりと熱を加えていく低温調理は、食材本来の水分や旨み、脂が内部に閉じ込められ、しっとりと柔らかく仕上がるのが大きな特徴。一方で、素材の持ち味がすべて凝縮されるため、雑味がそのまま出てしまうという側面も。すなわち、素材の質がものをいう。
「だから何より、調理前の下処理が大事なんです。新鮮なものを仕入れ、新鮮なうちに丁寧にさばくことが美味しい牛タンに仕上げる最大の要」

一般的には黒タン(黒毛和牛や交雑牛のタン)がよいとされるが、あえてアメリカ産の白タン(乳用牛のタン)を使用。脂のりがよく、よりしっとりと仕上がる
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そういうと、仕入れたばかりのタンを手に取って見せてくれた。毎日その日に使う分だけを肉問屋から丸ごと仕入れ、一本一本手でさばいているという。まず、臭みの元となる皮を剥ぎ、タン先、タン中、タン元の3つにカット。タンは、先になればなるほど脂が少なくあっさりとした味わいになるため、料理によって細かく使い分ける。1.5kgほどのタンのうち、ローストビーフに使うのは、もっとも柔らかく脂乗りがいいタン元のみ。わずか300gほどしかない。
「焼肉でいう、極上タンの部分です。温度などの詳細は企業秘密ですが、3時間ほどかけてゆっくり火入れし、仕上げに表面を軽く焼きます。焼き目の部分はキレイに削ぐので、ローストビーフとして提供するのは内側のピンク色の部分だけ。仕込みから出来上がりまで5時間くらいはかかる」
最後は1枚1枚、1mm以下の厚みに手切りでカット。この厚みも、なめらかな質感としっかりとした肉らしさの両方を味わえるようにと、大久保氏が試行錯誤の上に導き出した美味しさの秘訣のひとつだ。
こうした並々ならぬ努力によって完成した、唯一無二の「牛たんのローストビーフ」。『たんじろう』でしか出合えない価値の創出によって、繁盛店への第一歩を踏み出した。

タン先は「牛たんシチュー」に。そのほか「牛たんの炙り鮨」も人気。料理に合わせて厚みや仕上げ方を変え、牛タンが最大限に活きる調理をほどこす
