神田『空腹鶏』、業態転換で月商800万円に。繁盛の裏にはタトゥーあり!?【連載:居酒屋の輪】
ワインバルから90年代カルチャーを取り入れた大衆居酒屋へ
当然だがタトゥーだけが繁盛の理由ではない。例えば2018年5月21日、神田駅前の日銀通りで鶏料理主体のワインバルとしてスタートした『空腹鶏 (ハングリーチキン)』のケースである。リニューアル前は損益分岐点ギリギリという月商400万円台だったが、2022年からネオ大衆鶏酒場に業態転換し売上は右肩上がり。繁忙期には月商800万円を売り上げるほどの繁盛店にまで成長している。
「オープン当初は順調なすべり出しでしたが、店長の入れ代わりを契機に段々と客足が遠のいてしまいました」と中村さん。当時はコロナ禍の真っ只中、オフィス街という場所柄もあり行動制限の影響なども大きかっただろう。2022年、そんな状況を大きく変えたのが大衆居酒屋への業態転換、そして新店長の就任だった。
中村さんが18歳で故郷の大阪から上京した際、アルバイト先の飲食店で先輩として働いていたというHirokiさん。その当時、タトゥーの魅力を中村さんに教え、知人の彫師を紹介してくれた恩人でもある。新店長となった彼が舵を取り、ネオ大衆鶏酒場として取り入れていったのが「ノスタルジックな気分に浸れる要素」。70年代、80年代のリバイバルが一段落し「次は90年代ブームが訪れる」と先を見越した試みだった。
90年代に発売された少年誌をはじめ、バトルえんぴつなど懐かしの玩具、レトロなTVゲーム機で遊べる特別席まで用意。トイレの張り紙には漫画やアニメの名シーンを盛り込むなど、懐かしの話題に花が咲くような仕掛けを展開し、神田で働く会社員たちの心をつかんでいった。
バル業態だった頃はフランスやスペインの名産地から取り寄せたワインが自慢だったが、大衆居酒屋となってからはドリンクメニューも大きく変化させた。代表的なのがSNSでの拡散に一役買っているレトロ風ドリンク。17時からの営業開始ではあるがメロンクリームソーダやコーヒーフロート(各638円)といった懐かしの喫茶メニューも用意したことで、〆の甘味までノスタルジックな気分に浸れると好評だ。
「やはり時代の流れを見つつ、業態も流行りに合わせる必要があります。特に神田は、わざわざ飲みに訪れる街ではありません。目指したのはオフィスで働く会社員が仕事終わりにふらりと訪れやすい、居心地の良い居酒屋でした」(中村さん)
鶏料理に特化するからこそ万人ウケするアイデアが大切
料理長のHigaさんが中心となり、鶏料理も大衆酒場風に少しずつアレンジを加えていったという。リニューアル後の一番人気メニューは鶏刺しの盛り合わせ。新鮮な朝〆の鶏モツを使用し、低温調理で生の食感を保ちつつ旨味を凝縮。薬味たっぷりでパンチの効いた味わいが酒にぴったりと評判で、7割近いお客が注文する看板料理となった。
売上の主力となっている定番メニューは串なし焼き鳥。450日という長期間の飼育で食味を強めた知覧鶏、大自然のなかで平飼いされた信玄鶏といった銘柄鶏を、あえて串に刺さずに炭火で焼き上げている。串打ちしない分だけ肉汁を逃しにくく、最初からバラけていることで取り分けもしやすい。メインターゲットである働き盛りの会社員の嗜好、シェアが忌避されたコロナ禍の影響などを鑑みた見事な工夫である。
タトゥーだらけのスタッフが出迎えてくれて、青春時代の思い出も蘇る居酒屋。ここまで個性的なコンセプトの業態は他ではお目にかかれそうにない。現在40歳であるHirokiさんの±10歳程度のサラリーマンをメインターゲットとしていたが、結果的に若い世代や外国人、女性など、幅広い層から愛される店へと成長を遂げた。
