元診療所のカフェレストラン、代々木上原『sew』。価格競争と無縁のカフェのつくり方
自らの手で「再現性のない」空間に変え、唯一無二の価値を生む
これまでも常に、メインストリームではない場所にある難物件に独創的なクリエイティブデザインを施すことで類のない世界観をつくり出し、ファンを獲得してきたand Supply。今回の元診療所もまた、いわば“売れ残り”物件だったという。
「診療所という特性上、複数の部屋に仕切られた構造になっている上に、その壁自体が躯体(くたい)となっているため解体は不可能。当初からなかなかの難題だと思いましたが、こういう物件こそ僕らにしか輝かせられない! とワクワクしたのを覚えています」
何より、小学校前という気のよさと、商店街をすぐそばに持つ街の朗らかな空気に惚れ込んだと、声を弾ませる井澤氏。将来的にと考えていた『MYTONE』のショールームの構想や、系列店のグッズの保管場所の需要、また、オープンから4年が経過した『nephew』が、空間稼働率・売上ともに天井が見えるほどにまで成長したことなどが重なり、出店を決意した。窓がない元レントゲン室は倉庫に活用し、壊せない壁を上手く使いながらカフェスペースと物販スペースをゾーニング。菓子製造免許が取得できる厨房も設置することで、事業全体への投資と位置づけたという。
「よく『いい物件見つけたね』と言っていただけるんですけど、実際はそうではなくて、『自分たちの手で、まだ見たことがない・再現性がないものを創造すること』に魂を込めています。一見扱いづらい物件でも、命を吹きこんで“トランスフォーム”させ、輝かせられることこそ僕らの介在価値。細部まで手を入れるので投資額は膨大ですが、評価してもらえるのは嬉しいですね」
飲食店は一番身近にアクセスできる非日常。だから徹底して日常から切り離す
デザイン会社として始まったand Supplyはいま、自らを“場作り企業”と名乗っている。ではなぜ飲食事業にチャレンジし続けるのか—— 。その答えを井澤氏は「飲食は、日常で最も身近な非日常の場だから」だと語った。
背景には、and Supplyが創業以来掲げるビジョン「『まるで旅をしている時間』を日常につくり出す」がある。たとえば海外旅行に行った時、五感が刺激されて感動したり、価値観が変わったり、「また明日から頑張ろう」という感情が自然と湧き上がる経験は、誰しも覚えがあるだろう。そこにあるのはまさに、見たことのない景色や世界観であり、料理、酒、音楽、活き活きと生きる人たちまで、飲食店に必要な要素のすべてが介在している。「飲食店を通して、生きる活力が生まれる場所を日常につくる」——、それが彼らの原動力だ。
と考えれば、あらゆる面に高いクオリティとクリエイティビティを求め、投資を厭わない理由も頷ける。床のタイルや壁材などの内装面をはじめ、店舗全体のカラーリング、テーブル・スツール選び、オリジナルグッズやフードメニューに至るまで、「まだ見たことがない」「非日常」のためなのだ。
「家庭的なものや日用品が一瞬でも視界に入ると、現実に引き戻されてしまいます。だから、とことん再現性のない心地いい世界をつくり込む。それができれば、誰かに刺激を届け、その人の人生にちょっとだけ貢献できるのではと信じているんです」
