仙台発『ワインスタンド タンバリン』が激戦区・奥渋で成功を収めるまでのいくつかの選択
東京進出は「挑戦」ではなく「延長線」。激戦区はむしろアドバンテージ
地方の店の東京出店と聞くと、つい「勝負」や「チャレンジ」という側面でその事実を捉えがちだが、実にフラットな姿勢で店に立つ加藤さんに、それはある一方向からの視点に過ぎないのだと、思わずハッとさせられる。
「『東京で一旗揚げてやるぞ!』みたいな、野心的なエネルギーがきっかけではないんです(笑)。もともと仙台の『タンバリン』は僕がワンオペで営業していたのですが、近年は嬉しいことに社内の他店舗の若手スタッフの中にもナチュラルワインを学びたいという人が増えてきました。ただ、以前の7.5坪の店では、一緒に現場で経験を積ませることが難しかった。キャパを広げる必要があると考え始めた時に、次世代の担い手たちをより大きくスキルアップさせるためには、東京を選択肢に入れてもいいなと思ったんですよね」
つまり東京進出は、若手の育成と、全社の中長期的な成長のための“ある種の投資”に近い考えといえるだろう。けっして仙台のマーケットが小さいわけでも、スキルを磨く場が少ないわけでもないと前置きしつつ、特に「若手」に目を向けた時、東京で活躍する若い世代の飲食人たちの才能は目覚ましいものがあると加藤さんはリスペクトを送る。
すでに海外経験を積んでいる人や、最前線で活躍する人も少なくない。ただでさえ圧倒的な情報量とスピード感にさらされる巨大都市の中で、次世代の仙台の飲食業界を担う若者たちが、共に切磋琢磨し合える同世代がいる環境に身を置くことは、本人にとっても会社にとっても大きな財産になると考えたのだ。
かくいう加藤さん自身も、かねてから頻繁に東京を訪れてはナチュラルワインの人気店の店主たちとのさまざまな交流を通じて、多くを学んできた一人だ。奥渋を選んだのは、激戦区への挑戦という意味合いではなく、そうしたつながりや頼れる同志・先輩たちが近くにいることへの安心感もあったという。
「人材育成というと大それて聞こえますが、自分が見てきた世界を見せてあげたい、伝えたい、くらいの気持ちです。僕もこの街には何度も来ていて、ナチュラルワインが受け入れられていることはわかっていましたから、見知らぬ地に飛び込む感覚はなかったですね。競合店が多いというより、ナチュラルワイン好きが集まる街という解釈。仙台で築いてきたスタイルが通用するだろうというイメージも湧いていました」
“変えない”という選択が生んだ、好循環という変化
ゆえに、あえてコンセプトもメニューもワインのラインアップも変えず、以前のまま、新天地で再始動した『タンバリン』。加藤さんの想定どおり……、いや、想定以上に、奥渋エリアのお客たちは皆、ナチュラルワインに対する興味関心が高く、その楽しさや気軽さがすでに浸透していることに驚いたというが、自身が店に込めた思いを共有できること、仙台で築き上げた8年間の経験が実にシームレスに受け入れられたことが嬉しいと話してくれた。
一方で、仙台と東京では、外食にかける熱量と価格帯のボリュームゾーンの違いを顕著に感じる、とも言葉を続けた。前提として、都内は日常生活にかかる物価が高いことも一因だろうと推察しつつも、「外食時にはいいものを選び、最大限楽しむ。そしてそこにお金を惜しまない姿勢を感じる」というのが、加藤さんの私見だ。ワインの価格やラインアップを意図的に変えたわけではないが、自ずと高価格帯の銘柄が多く出るようになった上、ボリュームあるメイン料理の需要が高く、客単価は1,000円ほど上がったという。
「うちはグラスワインが1,000〜1,600円なのですが、おそらく東京のお客さまは1杯1,500円前後を相場と考えている方が多く、高いものが本当によく出ます。なので、ワインの仕入れ時にも価格を気にせず選べますし、扱える銘柄の幅が広がって腕が鳴りますね(笑)。いろんな提案を通してよりお客さまにも楽しんでもらえたらいいなって」




