飲食店の「水だけ頼む客」問題、最高の解決法とは? 現場で募るイライラと注意できない事情

Photo by iStock.com/paylessimages
「水をください」に、ペリエやエビアンで客がクレーム?
それでは都心部の店舗ではどのように考えているのだろうか。大手飲食企業が運営する都心の店舗(料理も出すバー)で働く20代の男性に聞いてみた。
「幸いにもウチは、そういうお客さんはいないようです。実際にいたら、厳しいですね。ホールもキッチンもイライラすると思います。その一角(席)だけ動かなくなりますから。回転率も客単価も下がるし、特にウチは都心で家賃が高いから、そういうのは痛いです。その対策ではありませんが、お客さんが多い日、人気のある席は時間制にして予めお客さんに納得していただいています。仮にそういう場所で水だけというお客さんがいても、お時間になればお引き取りいただくことになります」。
また、以前は水を頼む客に対してミネラルウオーター(ペリエやエビアン等)を提供していた時期もあったが、無料だと思った客からクレームを受け、今ではミネラルウオーターを注文する客にだけ提供しているという。
水ばかりを頼む客に対しては店舗として寂しさも感じると言う。「我々は美味しい料理、美味しい飲み物を提供して、お客さんに喜んでいただきたいと思っています。それなのに何で飲み物は頼んでくれないのだろう、食事と一緒に召し上がれば美味しいのにと思ってしまいます。我々は水でおもてなしをするために、飲食店で働いているわけではないですから」。
問われる社会の成熟性「相手のことを思いやれる大人に」
結局、こうした問題は店舗と客の相互の信頼関係に関連しているように思われる。店は水ばかり頼むような客はほとんどいないだろうという予測の下、料金を設定してサービスをする。客はそうした店の考えや、場所の確保やサービスをするだけで経費がかかっている事情に思いをいたし、それに著しい影響を与えるような行為は慎む。
そうした相互の信頼の上に双方の満足が得られる仕組みが出来上がっているところへ「何を頼んでも、何も頼まなくても自由じゃないか」という言動を社会が受け入れるのは難しい。そう考えるとこの問題は社会の成熟性という部分に帰結するのではないか。最も有効な解決法は「みんなが相手のことを思いやれる大人でいようよ」ということだと思うのだが……。
