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秋葉原『赤津加』に蘇る三丁目の夕日。いま「大衆居酒屋」が世の中に求められる理由

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秋葉原の電気街に位置する『赤津加』

大衆居酒屋が若い人を中心に人気を呼んでいる。雑誌等で頻繁に特集が組まれ、テレビでは「吉田類の酒場放浪記」「おんな酒場放浪記」(ともにBS-TBS)など、全国の大衆居酒屋を巡る番組も組まれている。1954年(昭和29)創業、今年で63年目を迎える秋葉原の老舗『季節料理 赤津加』にお邪魔して人気の実態、その秘密を探った。

外はメイド喫茶に外国人観光客、店内で昭和にタイムスリップ

午後5時の開店時間になると、赤津加の紺色の暖簾をくぐって次々と客が入ってくる。コの字型カウンターの中にいる女性店員と予約の有無や席をどこにするかを話してから席につく。カウンターにはスーツ姿の中年サラリーマン3人組と1人の客、奥の座敷にもスーツ姿の4人組。ビールの大ジョッキで乾杯して話が始まる、お決まりの賑やかな光景が広がってゆく。それでもチェーン居酒屋店の隣の人の話し声が聞こえにくくなるような喧騒ではなく、控えめな、大人の賑やかさとでもいう絶妙な空気感が漂う。

カウンターやテーブルは、今では珍しい一枚板である。黒塗りの天然木をそのまま使った柱に、手書きのお品書きが壁に並ぶ店内は、ドラマや映画でしか見られないような昭和の酒場そのもの。熱燗を頼むと「赤津加」の文字が入った徳利とおちょこが出てくる。壁にかかっている色紙は「船越英一郎」「車だん吉」。この店のカウンターに座り、人気メニューの鶏もつ煮込みを箸でつまみながら、店の名前が入った徳利で熱燗をチビチビ飲んでいるのが、そのまま絵になるような芸能人の名前があった。まさに映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の世界。

壁には船越英一郎や車だん吉の色紙が

赤津加の3代目の店主・寺谷光雄氏(41)は「ここ5年ぐらいで若い人が増えてきました。若い女性もいらっしゃいますね。食べログなどを見てやってきているようです。若い人も色々で、飲まない方もいらっしゃるんですよ。それはそれでありがたい話ですけどね」と説明する。現在の客層は男女比でおよそ7:3、世代では40代から50代が4割程度を占め、20代は特に土曜日(営業は第2、第4のみ)の来店が多いという。

大衆居酒屋にやってくる客は、純粋に酒を飲むだけではなく、その店の持つ雰囲気を楽しみに来ていることは容易に想像がつく。ここ10年ほど昭和30年代、40年代をテーマにした居酒屋が人気を博している。そうした「擬似昭和」がもてはやされる時代に、『赤津加』には本当の昭和が真空パックされたように残っている。

月に1度か2度訪れるというサラリーマンの男性(40)は来店の理由をこう語る。「ここはアキバですからメイド姿の女性がチラシを配り、外国人観光客が歩いているわけです。ところが店に一歩入ると、昭和にタイムスリップですよ。そこですね。チェーン店に行かないのは、僕にはちょっとうるさく感じるからです。ここも賑やかだけど、適度な賑やかさなんですね。それと最近はこの店も若い人が増えましたけど、まだ自分より年上の人もたくさんいるので、それも心地良く感じます」。

赤津加の3代目店主・寺谷光雄氏

映画、ドラマと大衆居酒屋の切っても切れない関係

もともと昭和という時代と大衆居酒屋は切っても切れない関係にあった。映画評論家の高井克敏氏は「昭和30年代、40年代の日本映画、テレビドラマには大衆酒場、いわゆる『赤ちょうちん』のシーンが頻繁に出てきます。植木等さんの一連の映画など、探せばいくらでもあるでしょう。おそらく登場人物のプライベートな部分、本音を語る部分、職場では見せない素の顔を見せる部分などを表現するのに都合が良かったのだと思います。例えば藤竜也タイプのしぶい男性がカウンターで一人静かに飲んで、その奥で中年サラリーマンの集団が飲んで騒いでいるシーンなど、何となく見たことがある人は多いのではないでしょうか。最近の映画ではまず、お目にかかれませんが」と話す。

職場で問題を抱えた主人公の男性が苦悩し、唇を噛む。シーンが変わって赤ちょうちんのアップ。そして店内のカウンターで酔いつぶれている主人公、転がる2、3本の徳利。そこへちょっと過去がありそうな女将さんが「もう、それぐらいにした方がいいわよ」と声をかける。高井氏が指摘するように、大衆居酒屋を舞台にしたシーンなら、いくらでも作れそうである。そんなドラマのような雰囲気が赤津加に代表される大衆居酒屋にはある。

その点は寺谷氏も意識している。「(時代の先端を行く)秋葉原でこういう店があること自体、なかなかないと言われることはあります。時代的に(店としての)『濃い味』が出てきたのかなと思います。バブルが弾けた後などは大変だったようですけど、(2代目店主の)祖母が頑張ってくれて。そうやって変わらずに続けてきたから、今があるんじゃないかと思います」。昭和を売りにした居酒屋で昭和の外観は作れても、店の歴史は作れない。63年間積み上げてきた歴史が血となり肉となっている。それは今、人気を集めている大衆居酒屋に共通する物と言えるのではないだろうか。

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松田 隆

ライター: 松田 隆

青山学院大学大学院法務研究科卒業。ジャーナリスト。スポーツ新聞社に29年余在籍後にフリーランスに。「GPS捜査に関する最高裁大法廷判決の影響」、「台東区のハラール認証取得支援と政教分離問題」等(弁護士ドットコム)のほか、月刊『Voice』(PHP研究所)など雑誌媒体でも執筆。ニュース&オピニオンサイト「令和電子瓦版」を主宰:https://reiwa-kawaraban.com/