秋葉原『赤津加』に蘇る三丁目の夕日。いま「大衆居酒屋」が世の中に求められる理由
人気メニュー「鶏もつ煮込み」820円
店と客とのコミュニケーション、平社員から社長まで見守った女性店主
大衆居酒屋で忘れてはならないのが、店と客とのコミュニケーション。前述の酔いつぶれた主人公に女将さんが声をかける場面などは、その象徴と言ってもいいシーンである。マニュアル通りのチェーン店の接客に居心地の良さを感じつつも、何年も通って打ち解けて自分の生活の一部になる大衆居酒屋は、それ以上の魅力がある。
『赤津加』ではカウンターの中に入っている女性と客との会話が頻繁に行われる。「この時期になると熱燗がよく出ますが『どうぞ』と出しながら、ちょっと話すみたいな感じですね。そういう温かさはチェーン店よりウチの方があるかなと思います」と寺谷氏。
『赤津加』は1954年(昭和29)に寺谷氏の祖母の妹さんが創業した。ところが3年後に急死したために、姉で寺谷さんの祖母である赤塚順子さんが継いだ。92歳の赤塚さんは体調を崩す昨年まで店に出てお客さんと接していた。
赤塚さんが若い頃、日本を代表する電機メーカーの社員Aさんが仕事後に来店するようになった。常連客となったAさんは係長、課長、部長と出世し、最後は社長になったという。赤塚さんにすれば現代版の『太閤記』をリアルに見ているような感覚だったかもしれない。70歳を越えて社業から退いたAさんだが「『おばあさんにはお世話になりました』と、今でも年に1度は必ず顔を出してくれます」(寺谷氏)。平社員でも社長でも、お店に来れば普通のお客さん。そんな世俗を超越した関係が続くのも大衆居酒屋の魅力だろう。
お客さん同士で結婚した例もある。間を取り持ったのが赤塚さんで、昨年、その男性が来店した時に寺谷さんはその話を聞かされたという。こうなると大衆居酒屋は単なる居酒屋ではなく、客にとっての生活、時には人生の一部となる。そんな21世紀の今の時代では考えられないようなウエットさに、ある年代は郷愁に似た思いを、別の年代は「そういうのもアリだね」と感じても不思議はない。
63年間の歴史が感じられる店内
魅力は「歴史を守り、歴史にあぐらをかかない」
半世紀以上の歴史を重ねた『赤津加』、寺谷氏に店の一番の売りを聞くと間髪を置かずに「歴史です」との答え。今後は歴史を守ることと、新しい時代への対応という難しい舵取りが求められる。「料理については伝統的な基本的なメニューは残したいと思います。営業も今のスタンスを維持しつつ、できれば新しい物を取り入れたいです。例えば外国人観光客が増えてきたので、そういう方々を受け入れていくのも大事でしょう。それに向けての情報発信はこの先やっていければと思います」。
大衆居酒屋の魅力は歴史を守り、歴史にあぐらをかかない精神に宿るのであろう。
『季節料理 赤津加』
住所/東京都千代田区外神田1-10-2
電話番号/03-3251-2585
営業時間/17:00~22:30(L.O.21:45) ※土曜日のみ営業21:30まで(L.O.20:45)
定休日/日・祝・第一、第三土曜
店主/寺谷光雄
歴史/1954年(昭和29)に創業。開店当時の秋葉原は「駅の周辺を牛車が通行していたらしい」(寺谷氏)。3年後に初代店主急逝により、赤塚順子氏が2代目店主に。2003年(平成15)に同氏の孫の寺谷光雄氏が27歳で3代目店主となり、同時に厨房で料理を担当。赤塚順子氏は現在、病気で静養中。
http://www.akatsuka.tokyo
