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グルマンが集う秘密のフレンチ酒場、神楽坂『ボルト』ができるまで

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「いくらのゲヴェルツマリネ セルベルド カニュ 吉田パン」(1,800円)

よくある料理を、今までにない形で

仲田シェフの料理はフレンチをベースにした創作料理だ。ハムカツやきんぴらといった居酒屋定番メニューやカレーライスも、仲田シェフの手にかかれば一気に洗練された料理になる。 

「いくらのゲヴェルツマリネ セルベルド カニュ 吉田パン」は、ハードタイプのカンパーニュに、いくらとチーズを乗せたカナッペのようなメニュー。フロマージュブランと香草を混ぜ込んだセルベルドカニュが塗り込まれており、ゲベルツワインの華やかな香りとよく合う。仲田シェフは「いくらは後味が生臭いので、日本酒や焼酎以外と合わせると気持ち悪くなってしまうと言われています。ワインと合わせるにはどうしたらいいか考え、薄口醤油を加えたゲヴェルツというアルザスの白ワインでマリネしました。こういう発想が、ありそうでなかった部分だと思います」と話す。

また、「モルタデッラ ハムカツ」は、レバーを練り込んだモルタデッラを厚切りにして揚げたもの。仲田シェフは「居酒屋にあるものとは違った、自分なりのハムカツが出したかったので、レバーのパテみたいなハムを厚く切って肉々しい感じで仕上げました」と話す。一口かじると、サクッとした衣の食感とともに、ワイルドな肉の風味が広がる。塩気の効いた力強い肉の旨味に、酒が進むこと請け合いの一品だ。

「モルタデッラ ハムカツ」(950円)

そして、「牛蒡とロニョン・ド・ヴォーの温きんぴら」は、ごぼうにきび砂糖と酢を煮詰めたソースを絡め、ロワール地方の赤ワインと一緒に炊きあげた料理。ロニョン・ド・ヴォーはフランス語で子牛の腎臓を意味する。プリッとした食感が楽しく、内臓系が好きな人にはたまらない味だ。

「ロニョン・ド・ヴォーは美味しいけど日本ではあまり馴染みがない食材。ネーミングで親しみを感じてもらいたくて、『きんぴら』とつけたんです。玄人好みの部位なので、初めて食べる人には匂いのもとになる尿線を丁寧に取り除いています。食べ慣れていて、『この匂いを堪能したい』という人には、尿線を残して焼いています。割烹料理でも、裏メニューってありますよね。お客さんとの会話の中で食材や調理法を変えて出すこともあり、セッションするような楽しさがあるんです」

カウンター9席の小さな店だからこそ、仲田シェフとの掛け合いを楽しみに来ている常連客も多いようだ。魚介の旨味が凝縮された「スープドポワンカレー」も人気が高く、他の店でハシゴした後、シメとして食べに来るひとも多い。

「牛蒡とロニョン・ド・ヴォーの温きんぴら」(1,800円)

調理工程はマニュアル化せず、臨機応変に

仲田シェフは食材と真摯に向き合い、「作り手の想いも伝えていきたい」と考えているという。

「生産者にはできるだけ会うようにしています。牛肉だったら、どんな場所でどんな餌を食べてきたのか、生産者がどんな想いで育てているのかを知ると、すごく愛情が湧いて『美味しく調理しよう』と思うんです。肉の焼き方、アプローチの仕方も変わってきます。ステーキとカツに向く部位は違うし、同じ肉でも筋やサシの入り方がそれぞれ異なります。『温度を1、2度上げたほうが美味しくなる』とか、『この部位は赤身が多いから火を入れすぎるとガチガチになる』といった特徴に合わせて調理しています」

肉の状態はもちろんのこと、客の注文のタイミングによっても調理方法を細やかに調整していく。

「例えば、火入れ一つとっても、いろんなアプローチの仕方があります。ゆっくり休ませながら焼いたり、真空状態で焼いたり、いろんな手法を学んだ上で状況に応じて判断することが大事です。オーダーが入って『すぐ食べたい』ということだったら、フライパンで焼きながら常温に戻していきます。3品くらい同時に注文して、肉を焼くまでに時間の余裕がある場合は、冷蔵庫から出して室温に戻してから焼きます。100gと500gを焼くのでも違います。刻々と変わる状況の中で、いろんなアプローチができるんです。マニュアル化したほうが効率的かもしれませんが、僕は子どもの頃から料理するのが大好きで、趣味なんです。毎日素材と向き合って試行錯誤を重ねるほうが楽しいし、成長できると思ってやっています」

新しい知識やインスピレーションを得て成長するため、信頼できる料理人仲間と飲みに行くことも多いそうだ。

「試行錯誤を重ねるほうが楽しい」と語る仲田シェフ

大切にしているのは「当たり前の精度を上げること」

仲田シェフはインタビュー中「当たり前の精度を上げる」ということを何度も口にした。彼の言う「当たり前」は、料理人として、手間を惜しまず全力を尽くすことだ。

「例えば煮込み料理を作るときに、肉に塩をまぶして赤ワインに漬けます。次に取り出して煮込みます。その後、煮込み汁の中に一日置いた上で取り出します。そこでソースに煮詰めたりして仕上げていくんですけど、その工程を踏むと4日かかるんです。細かい工程なんですけど、そこを抜いちゃうと明らかに味に差が出ます。食べ慣れている人だったら『なんか薄っぺらい味だな』と感じるはずです。人間誰しもサボりたがるし、それは僕も同じです。でも、細かい工程の積み重ねが最終的には大きな差になるので、それをやらないのは甘えだと肝に銘じているんですよ。だから『当たり前』を突き詰めて、その精度を高めることを大事にしています」

毎日の繰り返しの中、当たり前のことを手を抜かずにやることは難しい。ラクなほうに流れそうになる心を戒め、「最高に美味しいものを食べてもらいたい」という初心を貫徹させるには強い意志が必要だ。「フレンチはこうあるべき」「居酒屋はこうあるべき」という型にとらわれず、理想の実現のために日夜キッチンで戦い続ける仲田シェフ。彼の店や料理を、先入観なく楽しんでほしいと思う。

仲田シェフの腕を求めて、全9席の店内はいつも一杯だ

『BOLT au crieur de vin(ボルト オー・クリヨー・ド・ヴァン)』
住所/東京都新宿区箪笥町27 神楽坂佐藤ビル1F
電話番号/03-5579-8740
営業時間/17:00~24:00
定休日/月曜、第2・4火曜
席数/9

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三原明日香

ライター: 三原明日香

編集プロダクションに勤務し、フリーライターとして10年以上活動。ふとしたことから労働基準法に興味を持ち、4年間社労士の勉強に打ち込む。2014年に試験に合格し、20年4月に開業社労士として独立した。下町の居酒屋で出されるモツ煮込みが好物。