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“パン飲みイタリアン”の新鋭『チッツィア』。人とのめぐり合わせで今の自分がある

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オリーブオイルをしみこませたフォカッチャがチッツィア名物

コンロ前では絶対に弱音を吐かないと誓った

パン職人になる前、イタリア料理店の厨房では、アンティパストとドルチェを任せてもらっていた。

「パスタを作らせてほしいと頼んでも、コンロ前に立つのは男性が優先されていました」

イタリアンに戻った際、「パスタを作らせてほしい」と上司に何度も懇願。やっとのことでパスタ担当になり、やがてその後、肉を焼く仕事を任せてもらえるようになった。

「コンロ前に立ったとき、絶対口にしないと決めた言葉があります。『疲れた』、『重たい』、『できない』、この3つです」

ランチだけでもパスタを毎日200皿作っていた。どんなにキツくても愚痴をこぼそうものなら、「やっぱり女性には無理だ」と言われるに違いない。

「弱音を吐いたら、いろいろな仕事を任せてもらえなくなるかもって思っていました」

もうひとつ心がけていたことがある。シェフやマネージャーから「こんな料理を出したいんだけど」と相談されたら、その日に料理を試作した。眼の前の仕事に集中しつつ、上司から頼まれた仕事も率先してやるようにしていた。

「どんなに遅くても3日以内に試食してもらえるようにしていました」

イタリア料理を計8年、パン焼きを2年学んだ

語学こそ満足にできなかったが、渡伊先で貪欲に学んだ

『チッツィア』には共同経営者がいる。10年前、その人から「一緒にレストランを経営しないか」と提案されていた。だが、首を縦にふらなかった。なのに、なぜ独立したのか。

「入院したことがあるんです。絶食しなければならず、点滴を受けていました」

同室の患者の中に、食事の時間になると嬉しそうに病院食を食べていたおばあちゃんがいた。

「1日3回の食事を楽しみにしているあのおばあちゃんを見たとき、料理には人を元気にする力があるんだなあって。あのおばあちゃんを見て、独立することにしました」

「一緒にレストランをやろう」と10年間声をかけてくれていた、現在の共同経営者の存在も大きかった。2018年、独立直前、有休を2週間取り、南イタリアのプーリアへ飛んだ。その前年、都内でヴィンチェンゾというイタリア人男性と知り合った。プーリアのレストランで働いていたヴィンチェンゾに、イタリアで家庭料理を習いたい旨をメールした。すると「どこで教えてもらえるかわからないけど、うちの店にくれば?」と誘われたのだ。そもそもイタリア語は話せたのだろうか。

「片言だけ。あとは翻訳アプリに頼りました(笑)」

ヴィンチェンゾが働くレストランは夜のみの営業だった。日中は彼のマンマや友人の家へ案内してもらい、その家のマンマが料理を作るところを見せてもらった。夜はヴィンチェンゾのレストランの厨房で働いた。

日本、イタリア、ジョージアなどのナチュラルワインを扱う

プーリアにはもうひとつ行きたい場所があった。伝統的なパンで有名な町、アルタムーラだ。その町のパン屋にインスタでメッセージを送った。

「今度アルタムーラへ行くので、パンの仕込みを見せてほしいって頼みました」

すると、二つ返事で「おいで」のメッセージが届いた。図々しいというか、バイタリティあふれる馬場シェフに脱帽するしかない。

「というよりもヴィンチェンゾも、アルタムーラのパン屋も、私を受け入れてくれた人たちが凄いって思いませんか(笑)。とくに彼の家族は、片言のイタリア語しかできない私を家族みたいに接してくれました。感謝の念しかありません」

イタリアンの厨房で3年、その後パン職人を2年務め、再びイタリアンで5年働いて独立。開業に際し、ヴィンチェンゾが好きな言葉を店名にしようと思っていた。彼が教えてくれた言葉の中に「Amicizia(アミーチッツィア/友情)」が入っていた。

「似たような名前の店がこの界隈に多かったので、Amiを取り、『Cizia』にしたんです」

ワインのアテになるイタリア料理が得意

すべてのめぐり合わせで今の自分があることに感謝

25歳の頃飲食業を志し、際コーポレーションの入社面接を受けたのは、同社の中島武社長をテレビ番組で見たのがきっかけだった。

「あのとき中島社長の会社に入りたいって思いました。独立した今も、中島社長は私のことを気にかけてくださっています。いいめぐり合わせをいただいたなあと感謝しています」

懐石料理店で器や生け花を勉強したことも、イタリアンでホールを経験したことも、決して回り道をしてきたわけでないと馬場シェフは言い切る。

「人生に無駄なことはないといいますが、まさにその通りだと思っています。お客様に元気になってもらいたいと考え、独立しました。でも、無理に独立する必要はないかもしれません」

大きな会社に属しているということは、それだけ守られていることでもあるからだ。安定を求める人は、会社に属し、飲食業で働いていたほうがいいというのだ。

「独立だけがすべてではないはずです。収入も含め、やりたいことがあり、チャンスがある場所があるなら、みんながみんな独立しなくてもいいのではないでしょうか」

外からパン工房を眺めることができる

『Cizia(チッツィア)』
住所/東京都品川区小山6-6-3 
電話番号/03-6314-3965
営業時間/12:00~14:00、18:00~22:00(日曜~17:00)
定休日/月曜(日曜・祝日は不定休)
席数/20

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中島茂信

ライター: 中島茂信

CM制作会社を経てライターに。主な著書に『平翠軒のうまいもの帳』『101本の万年筆』『瞳さんと』『一流シェフの味を10分で作る!男の料理』『自家菜園のあるレストラン』。『笠原将弘のおやつまみ』の企画編集を担当。「dancyu web」や「ヒトサラ」、「macaroni」などで執筆中。