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『SNOW』開業1年、海野元気シェフが“ワンオペ”にこだわる理由。すべては「ゲストのため」

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カトラリーはゲストのテーブルに引き出しを作りセットしている。テーブルにセットする手間を省くための工夫だ

自分の働き方を自分自身でデザインする

『Restaurant SNOW』は最初から、ワンオペを前提にレイアウトされた。カウンター5席、その横にカウンターから突き出された形で半円形の3人掛けのテーブル、また、少し離れた場所にさらに6人掛けのテーブルがある。

「一人でやるのでカウンター形式にするのは必然でした。でもテーブル席も欲しい。どういう動線が必要かを事前に考えて、それが実現できる物件を探しました。調理している自分からゲストの姿が全員見えている必要があるので、すべての卓をカウンターの自分の立ち位置から見えるように配置し、また、調理中に皿を洗うことはできないので、ゲストから見えない下げ場を広めにとりました。

調理場の通路は自分一人の身体の幅に合わせました。複数の人間が厨房内をすれ違うことはないからです。設備の中でとても助かっているのはグラス専用の洗浄機です。普通の食洗機と2台置いています。価格は普通のものの7倍くらいしましたが、皿洗いの人を頼むことを考えたらすぐに元が取れます」

ワンオペで少量多品種の料理を楽しんでもらうために、設備だけでなく、レストランのオペレーションについても工夫する必要があった。ワンオペのオペレーションを考えることはすなわち、料理人として自分自身の働き方をデザインすることでもあった。

「料理はコース料理のみにしています。コースにすることのメリットは、食材のロスが出ないこと。ロスがない分、コストを下げ、食材を無駄なく使うことができます。営業前の事前準備も、味を損なわないところまでやっています。準備8割、営業時2割くらい。また、ドリンクをペアリングにしたこともワンオペにはやりやすい要素です。サービスするタイミングをこちらでハンドリングできるのは、ペアリングの利点ですね」

入り口側から見た店内全景。奥にカウンターが見える(写真提供;海野さん)

一人でコース料理の仕込みから調理、そしてサービスまでこなす。それだけでも大変なはずだが、さらに驚くべきはディナーに加え、ランチ営業も行っていることだ。

「このあたり(店のある福岡市中央区高砂)は高級住宅街で、ランチの需要があります。だからランチをやることにしました。夜だけの営業なら週1日の休みで足りますが、ランチ営業をやるためには、定休日を週2日にする必要がありました。そのうち1日は仕込みにあてています。一人で全部やらなければならないから大変そうに見えるかもしれませんが、必ずしもそうではないです。一人なら、仕事内容を自分が最もやりやすいように調整できるからです。そこもワンオペ営業のメリットです。

ワンオペにこだわりつつ、“ワンオペだし皿数はたくさん作れないよね”という先入観は裏切っていきたいと思っています。たとえば、ランチのデザートは常時15種類は作っています。デザートがたくさん並んだテーブルを見て、ゲストに驚きと楽しさを味わってもらうためです。パンも、3種類自家製で焼いています」

すべてはゲストの「楽しい!」のために

海野さんがワンオペで店を運営するうえで最も大切にしていること、それは“楽しさ”の演出だ。

「レストランをどんな店にしたいかと考えたときに僕が決めたのは、美味しい以上に楽しい店を作りたいということでした。料理を出すとともにどんなことでゲストを楽しませるか。他分野のお店も含めてワンオペの店を実際に訪れて、そのノウハウを学びました。ある鮨店では、食材をカットする作業を、厨房に引っ込んでやるのでなくゲストに実際に見せていました。料理の過程を隠さず、ライブ感を見せること。自分の料理に込めた思いを説明すること。それらのことで、ゲストの満足感は上がると思います。

『Restaurant SNOW』の料理は、フランス料理の技術を用いて、ノルディックの精神で、地元九州の郷土性を表現するという、ほかに例があまりないコンセプトです。料理の中には九州の郷土料理を再構築したものもあり、どの料理にもそれを作るに至ったたくさんの物語がある。僕は、料理とともに、そのバックストーリーやヒストリーをゲストに楽しんでもらいたい。そのためにはやはり、説明するのが僕自身であることが必要。料理の説明をほかの誰かに頼むのは難しい。料理を作った本人でないと、料理の思いをリアリティをもって伝えられないと思いました」

アミューズを載せるために特注した、九州の地図を描いたプレート。その県ゆかりのアミューズを載せる

一品ごとに思いが込められているからこそ、料理の説明もストーリー性のあるものになる。説明に耳を傾けるゲストは、美味しさだけでなく、料理を通して表現された物語も味わっているというわけだ。

「レストランとは、たとえば予算が1万円だとして、そこに1万円以上の価値をつけられるかどうかだと思っています。おなかいっぱいになるまで料理を出すだけではダメなのははっきりしています。レストランはそれだけの仕事をすべきで、僕はゲストの期待にこたえられる料理を作りたい。それは決して“ワンオペではできないこと”ではありません。自分の能力や特性を知り、品数と仕事量を工夫することができれば、十分に可能だと思っています。

独立して7月でちょうど1年になります。1年やってみて思うことは、ワンオペ営業はそれほど大変ではないということ。一人だと人件費が安く、損益分岐点も低い。薄利多売の逆をやりたいんです。営業は僕一人、ゲストは少数というスタイルが、自分の性に合っていると思っています。当面の目標は、長く続けたいということ。働くのに、まず自分自身が楽しくありたい。頑張るけど、頑張りすぎない。そしてもっと九州のことを学びたい、知りたい、そしてそれを料理に反映したい。それを続けた先に、僕のレストランの理想の形があると思っています」

『Restaurant SNOW(レストラン スノゥ)』
所在地/福岡市中央区高砂1-16-17 エスペランサ天神南 1F
電話番号/092-707-2184
席数/14

海野元気(うんの・げんき)
1984年、福岡生まれ。辻調理師専門学校フランス校を卒業後、2004年、フランスの三つ星『レ・プレドゥジェニー レストラン・ミッシェル=ゲラール』をはじめ、ベルギーやデンマークでフランス料理や新北欧料理を学ぶ。2020年、福岡に『Restaurant SNOW』を開業。

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。