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横浜「上大岡」のリアル事情。飲食店がコロナ禍で感じた「地元民の温かさ」

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『cove』のメニュー表

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コロナ禍における経営戦略は「あんまり」

ここで「コロナ禍における経営戦略はあったか」と質問を投げかけると、「戦略と言えるほど、そんなにたいそうなものはない」と笑う。消毒用アルコールを置いたり、パーテーションを設けたりという基本的な感染対策に加え、開店時間を1時間早め、人数制限をするようになったくらい。意外にもコロナの打撃は少なかったという。

「『地元の店に頑張ってほしい』と応援してくれたお客様のおかげ。コロナがはじまった当初は(国からの)補償も明確なルールもなかったから、どうするべきなのかが分からなかった。時間を守って営業している中でも、地元の方からお叱りの言葉をいただいたこともある。上大岡でもコロナ禍で飲食店の経営を辞めてしまった人もいるという話を聞いたけど、経済的な理由よりも精神的な理由が大きかったんじゃないかな。どの店も試行錯誤しながらの営業だったと思う。もちろんウチも一時的に売上は落ち込んだけど、皆さんが気を使ってくれたので客単価は大きく変わらなかった。それはすごくありがたかった」

今もなお厳しい状況が続いている飲食業界ではあるが、地元の人たちのおかげで、上大岡の飲食店の灯は消えていない。さらには新しい飲食店も増加中だ。

「立ち飲み屋、フレンチ、イタリアンなどが一気に増えた印象がある。ここ3年、上大岡は新築ラッシュ。新しい人が入ってきているから飲食店もより盛り上がっているのかもしれない。フル営業に戻ったときに『ずっとここに来てみたかったんですけど来られなかったんです』『引っ越してきたけど、上大岡のことはあまり知らないんです』などと言われることが増えた。若い人が入ってきて、街も飲食店も元気になっている印象があるかな」

パーテーションを設けるなどして感染症対策を行っている

飲食店としての今後の在り方

このコロナ禍において小玉さんの考え方に変化があったという。それが飲食店としての在り方。

「食・お酒の必要性を見直した。以前、博多のお客様に『博多の屋台みたいだね』と言われたことがあった。その後、イギリス人のお客様には『スコットランドのパブみたい』と言われ、気になって調べてみると、どちらも人と気軽に話せる場所だった。立ち飲み屋やバーは人との出会いの場でもある。もっと言うと、業態に限らず、地域密着型の店舗は、コミュニティの場として必要とされていると思う。美味しいものを出したいという思いはあるけど、安全性を大切にしながら、つながりを持てるような場所にしていきたいと改めて思うようになった」

人と人が交わる場所を提供したい、訪れる人たちの“入り江”になりたいという思いから店名を『cove』に決めた。「名は体を表す」というが、コロナ禍を経て、その思いはより強くなっている様子だった。ところでつながりと言えば、上大岡エリアで飲食店を経営するオーナー同士も仲が良い印象だ。

「全員がつながっているわけではないけど、一部の店舗とは仲がいい。上大岡はそれぞれのお店にカラーがあるから、お客様の取り合いみたいなことがない。だからみんなピリピリしてないかも(笑)。特に『LOTUS』のヒロさん(中山裕康さん)は同時期にオープンしていることもあって仲良くさせてもらってる。ヒロさんのことはすごくリスペクトしてるよ」

■『LOTUS』中山裕康さんインタビュー

次は、そのヒロさんこと、『LOTUS』の中山裕康さんに話を聞くために移動する。『cove』からは30秒掛からない距離のため、この2店舗を行き来する客も多い。

『LOTUS』はバベットステーキやラクレットチーズ料理、新鮮な鎌倉野菜が売り。アジアン風の小物で彩られ、レゲエが流れる店内にはゆったりとした空気が漂う。中山さんに、小玉さんの言葉を伝えると「またまたぁ(笑)。コブちゃん(小玉さん)のほうがよっぽどすごい。最近は『cove』に影響を受けて立ち飲み屋をオープンした人もいるくらいだからね。俺にはそんな影響力ないから」と笑う。

『LOTUS』を経営する中山裕康さん

中山さんは和歌山県出身。高校卒業後に上京し、東京・渋谷の大手飲食店で働いていたが、横浜出身の先輩に誘われ、上大岡と同じ京急線沿いの金沢文庫にある新店舗で働くことになった。

「東京のクリエイティブな雰囲気が好きでね。金沢文庫で働きはじめてからも、しばらくは東京から通っていたんだ。その後、恵比寿の新店舗の立ち上げにも関わらせてもらったんだけど、お客様の雰囲気や距離感が自分に合うなと思ったのはやっぱり金沢文庫だった。それで独立して店をやろうと考えたときに、横浜方面を考えるように。そのうちの一つの候補に上大岡があって。乗車率も高いし、快速も止まるし、今ほどではないけど開発も進んでいた。ちょうど良い物件が見つかって、駅からは離れているけど良いなって」

そして2002年、上大岡駅から徒歩7分ほどの場所に1店舗目となるBar&Grill『Nine Miles(ナインマイルズ)』をオープン。『Nine Miles』という店名は、中山さんが敬愛するジャマイカのミュージシャン、ボブ・マーリーの出身地から取ったもの。内装の仕上げはD.I.Yで。店舗の雰囲気は、70年代後半のジャマイカのレゲエシーン描いた映画『ROCKERS(ロッカーズ)』に出てくる中庭をイメージした。

「最初の1か月間は金沢文庫時代の常連様が中心。なかには店名を見て遊びに来てくれる音楽好きの人も。そこから口コミで広がって、少しずつ地元の方が来てくれるようになった。上大岡はお客様にとにかく良い人が多い。昔ながらの街でありながら、人口が多い分、いろいろな個性を持った人がいるし、人の出入りも多い。常連さんと一見さんのバランスが良いなと思ってる。でも『Nine Miles』をオープンした時は、もう少しヤンチャな印象だったかな(笑)。当時は少しだけアンダーグラウンドさもあって、それも好きだった。東京で言うと池袋に近いのかもしれないね」

穏やかな口調で上大岡の魅力について話すと、当時のことを思い出して、小さく吹き出す。

「気づいたら上大岡にきて今年でもう20年目。当時、30歳で店を出したいと思ってたんだけど、ギリギリ31歳になってしまったんだよね(笑)。それが悔しかったことを覚えてるなぁ」

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逆井マリ

ライター: 逆井マリ

フリーライター。音楽、アニメ、ゲーム、グルメ、カルチャー媒体などに取材記事を執筆。現在の仕事に就く前に、創作居酒屋、イタリアン料理店での業務経験あり。写真は大好きなアイスランドで撮影したもの。