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チャレンジキッチン初代チャンピオン『リュミエール』唐渡 泰シェフが語る、独立と資金の大切な話

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「リュミエールグループ」オーナーシェフ唐渡泰氏。インタビューは大阪中之島美術館1階の『ミュゼカラト』開業準備中に行った

最初は小さなビストロかカレー屋ぐらいしか出来ないと思っていた

どんなに実力とスピリットを兼ね備えたシェフにも、独立開業の前に立ちはだかる大きな壁がある。「資金」である。現在ミシュランに評価される、名だたるレストランのシェフも、かつては独立を夢見る雇われ人だった。彼らは、いかに開業資金とノウハウを得て、新たなスタート地点に立てたのか。関西を代表するリュミエールグループを率いるシェフ唐渡 泰氏に、独立資金をめぐる意外なストーリーを聞いた。

独立前の唐渡氏は、名門神戸北野ホテルの『イグレックベガ』で、シェフ兼全店舗統括シェフとして勤務。転職や、将来的な独立への希望はあったものの、ホテルの料理長として何十人ものスタッフを束ね、一流の食材に向きあい腕を振るった経験や、モダンレストランでの新しい料理作りと毎日は充実していた。雇われシェフなら、やりたい事の為に人を増やしたい、宣伝に力を入れてほしいなどと要望を言える。雇われているからこその大舞台なんだという自覚もあった。

資金の問題も大きい。当時、自己資金でフレンチレストランを開業できる目途などまったくなかった。独立できても、せいぜい小さなビストロか、カレー屋から始めるしかない。今やってる仕事とは大きな開きがあるが、独立するには、どこかでやりたい仕事をあきらめて、折り合いをつけることも必要。そんなふうに考えていた唐渡氏の目にとまったのが、「チャレンジキッチン」の募集情報だった。“独立開業支援”、“設備投資を事業者側が一部負担”……。そんなおいしい話しがあるの? 最初はそう思ったと唐渡氏は当時を振り返る。

リュミエールグループは、これまで10店舗以上、毎回新しいチャレンジを続けている。マニュアルを作って同じ店を展開すれば楽なんだけどね、と笑う唐渡氏

初期投資ゼロ、開業支援の仕組み

2006年、唐渡氏が目にしたのは第1回チャレンジキッチンの募集記事だった。これは、将来性や才能ある料理人が、資金やノウハウの不足のために独立ができない現状を変えたいと、株式会社ケイオス代表の澤田 充氏が生み出した、独立開業支援の仕組み。日本の飲食業界には、まだまだ独立しにくい風潮が少なからず残っている。当時、良い仕事を選んでしようとすれば低賃金で長時間働くしかなかった料理人は、独立資金を貯金することもままならなかった。その一方で、世界では才能あるシェフのレストランに、わざわざその一皿のために世界中から人々が訪れ、地域全体が人気のディスティネーションとなっている例もある。チャレンジキッチンは、そんなレストランを自分の施設に誘致したいデベロッパーなどの事業者と、独立希望のシェフをつなげる新しい試みである。

唐渡氏が、チャレンジキッチンの情報を目にしたのは、なんと応募締切日の当日。1日では提出資料もできない。“まだ大丈夫ですか”と思い切って事務局に電話して、なんとか滑り込んだ。「今思えば、それが運命の分かれ道で、少しでも歯車が違っていたら、今の自分はなかったかもしれない」と唐渡氏は振り返る。

チャレンジキッチンの審査は、書類と実技、そして事業計画についての面接の3段階からなる。実技審査での唐渡氏の立ち居振る舞いは、多くの審査員の記憶に残り、回を重ねた今でも最後の盛り付けの手際と美しさは語り草となっている。そして、そんな唐渡氏に、もう一つの運命の分かれ道が現れる。事業計画である。

『リュミエール』本店の一皿

料理長にも社長業はできるという思い

当初、チャレンジキッチンの募集要項に記載された、店舗の面積は20坪。それに合わせて、唐渡氏はカウンターを中心としたビストロを出店する事業計画を提出した。事業計画書も審査の対象で、色々な方面から厳しい突っ込みと鋭い質問が入る。そこに唐渡氏は、若いころから考えてきた思いをぶつけていった。

「僕は若いころから、なぜオーナーシェフじゃないと、料理長が会社の社長になれないのだろうと疑問に思っていたんです。料理人には大きい組織全体の運営を任せると危険だと思われている面もあるようですが、僕は会社と調理場は違わないとずっと思っていました。組織の運営は、ここに注力したいから、別のところはあきらめようとか、ここは人に任せようとか、俯瞰することで成り立つ。社長というものは、みんなのモチベーションを上げて、仕事がやりやすくなるように配置を考えたりするもの。料理人は、つねに瞬時に判断して調理場で同じことをやっているのだから、調理場で日々真剣に取り組んでいれば、社長業もできないはずがないと思っていました」

そんな唐渡氏の考えを聞き、プロデューサーの澤田氏は、とんでもないことを口にした。

「唐渡さん、40坪でやりませんか?」

いきなり借金が2倍に?

その時の気持ちを、澤田氏はこう語る。

「唐渡さんは、店舗面積が20坪なので、ビストロをやる計画を立てていた。しかし、話を聞くにつれ、それが窮屈に感じられたんです。コンテストで披露された技術と、それをみせるプレゼンテーションのスキル、そして、事業計画に現れた経営者としてのセンスが、20坪のビストロとはギャップがあった。コンテストであの料理を出せる人なら、グランメゾンを率いることができるのではないかと直感し、すぐに考えをまとめ、面積を倍にしませんかと口にしていました」

スタッフに押しつけはしない、僕と違う方法でも、良ければどんどん取り入れると語る唐渡氏。『ミュゼカラト』のオープンキッチンにて

大人が集まって知恵を絞れば何でもできる

当時の会議室での、打ち合わせの様子は忘れられないと唐渡氏も語る。

「面積を倍にしませんか、と言われた瞬間、“じゃあ、借金の返済も倍か?”という心配がよぎりましたが(笑)、その直後に、倍になれば理想のレストランの店内を作れる、マネージャーも置けると、ここでやりたいことが次々と具体的に浮かんだんです。即座に、やりますと答えていました。その会議の中で、関係者が議論しながらどんどん話を進めていき、面積が倍に、つまり事業の投資も倍になることが決まっていくのを目の当たりにして、それまでサラリーマン料理人だった自分は、大きなカルチャーショックを受けていました。責任ある大人が集まれば、こんな大きなことができるんだと驚き、その時のことは今でも忘れられません」

チャレンジキッチンの役割は、まさにその点にある。新しい才能が最初に独立する際には、資金の問題で、どうしてもやりたいことの半分も実現できないことの方が多い。事業主がスポンサーとなって、才能に資金を投資することで、その課題を解決し、長い時間軸でレストランを育てるのだ。個人の才能だけでは、産業や文化は生まれない。チャレンジャーの才能を客観的に評価し、一番良い舞台を用意する資金とノウハウ、そして闊達な意見交換ができるステークホルダーが揃って、初めてそこに事業が生まれてくる。チャレンジキッチンは、飲食業界の未来を真剣に考え、新しい才能がこの業界の未来を明るくしてくれることを切に願う人々により運営されており、唐渡氏のケースのような、ドラマが生まれる素地があるのは確かだ。

アフタヌーンティーからコース料理、カフェメニューまで、多様なシーンに対応する『ミュゼカラト』

開業後の苦労時代

こうして、チャレンジキッチンの初代優勝者として大阪心斎橋駅近くのビル3階で『リュミエール』を開業した唐渡氏だったが、その道はもちろん平坦ではなかった。開業した12月こそ、お客様が入ったが、年を明けて1月には、ぱたりと客足が途絶える。金曜と土曜に一組もお客様が入らないことが続くと、さすがにヤバいな……と思い始める。窓から地上を眺め、ビルに入ってくる人の姿を見ると、エレベータの止まる階数を、固唾をのんで見守る日が続いた。3階を素通りするばかりのエレベータを前にがっかり。このままではビルの窓から飛び降りる日がくると考えたりもした。そして自分の震えで目が覚めることもあったという。

しかし、「ザガットサーベイ」の発売日にすべてが変わる。スタッフから掲載を知らされ、初めて評価を知った唐渡氏。空間も料理も大阪の中でトップだったのだ。発売日の夜からお客様が増え、メディアに顔が出るような料理人たちが次々と訪れた。それまで、1万円を支払うお客様に、どうやったら2万円分楽しんでもらえるかを、考え続けたシェフの努力が実った瞬間である。

開業当時の心斎橋付近には、それまでガストロノミーレストランはほとんどなく、設定した2,000円代からのランチ価格設定に対して、「あんた何考えてんの、他の店は千円以下やのに」と言われたこともあった。しかし、唐渡氏は価格を下げることをせず、「野菜の美食」をテーマに掲げ、ぶれない方針を貫いた。当初はまだ、バターやクリームを入れれば簡単においしくなるのに、と何度も思ったという。しかし、いい意味でのこだわりを貫き、共感して支持してくれるお客様を少しずつ、でも着実に増やしていった。数年後にミシュランの星を獲得したが、その頃にはすでに経営は軌道に乗っていたという。

絶えず進化を続ける『リュミエール』本店

チャレンジキッチンにチャレンジする人へ

チャレンジキッチンのデビューから16年。大阪・関西を代表するシェフとなり、10店舗以上を率いるグループのトップになった唐渡氏の最新のレストラン『ミュゼカラト』は、2022年夏、大阪の新しいランドマーク、大阪中之島美術館内に開業した。レストラン、ビストロ、カフェ、パンと、これまでグループでチャレンジを続けてきた様々な業態が一つになった、まさに集大成のような店舗である。その客席で、唐渡氏はチャレンジキッチンへの参加を考えている人に、こうアドバイスをしてくれた。

「チャレンジキッチンに応募しようとする人に伝えたいのは、デビューは一度きりだということ。そのデビューを楽しみながら、とことんチャレンジしてほしいと思います。独立すると、いろんなお客様からクレームもくるし、評価サイトで酷評されたりして、精神的に厳しい状況にも直面する。しかし、それ以上に良い評価を得て『ありがとう』とお客様から言ってもらえる素晴らしい職業でもあるんです。料理人は覚えたことを続けるのが一番簡単ですが、リュミエールグループには『今日の最高、明日の最低』という標語があり、常にもっといい方法がないかを考え続けています。スタイルを変えるのではなく、当たり前を疑い、目の前の仕事を工夫する。嫌なことをやることも大事だし、そこから学ぶことも多いですが、楽しめた方が継続できる。チャレンジャーは、その努力を楽しめるかどうかが、問われているのだと思います」

128席の客席を見渡すキッチン内を、軽やかに動き回る唐渡氏のコックコートの背中は、自由な鳥のようだ。チャレンジキッチンは、現在、大阪淀屋橋を舞台に新しい応募者を募集中である。

【チャレンジキッチン淀屋橋】
食の未来や環境にも配慮したレストランを目指し、独立開業を志す料理人を対象にコンテストを開催。コンテスト優勝者には開業費用の支援を行うとともに、経験豊富なチームが店舗運営をサポートいたします。
・応募締め切り:2022年9月末
・審査:2022年10月~11月(予定)
・店舗オープン:2023年7月(予定)
■チャレンジキッチン淀屋橋応募サイトはこちら

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『飲食店ドットコム ジャーナル』編集部

ライター: 『飲食店ドットコム ジャーナル』編集部

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