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〈ノーマ閉店に思う〉札幌『ル・ミュゼ・イデア』石井誠さんが考える「これからの働き方」

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料理を「作業」にしたくない

「料理を“作業”にしたくないんです。“どうでもいい下準備”ってあるようでなくて、たとえ芋の皮剥きでも僕はちゃんと教えたいし、ちゃんと意識を持ってやってほしい。そこに意思や思いを込めたものとそうでないものの皿から発せられるエネルギーは、全く違うものになるんです。料理のスタイルとして、事前に完璧な完成図を作るかどうか。ぎりぎりまで料理の完成図を決めたくない、その時の自分のパッションを活かしたいというスタイルであればあるほど、それは“作業”とは遠い料理になる。

自分がしたいことに対して『時間だから、もう考えることをやめてください』というのは自由を奪うようなものです。クリエイティブな行為は強制や義務ではなく、個人の自由の表現であり、生き甲斐でもあるはず。それを制限するのもおかしな話です。

そもそも『良いものを作りたい』という思いはみんな大前提にあると思うんです。だから『目の前のお客さんをもっと喜ばせるためにはどうしたらいいか』と自発的に考える時点でもはや労働ではなくなっている。それをいっしょくたにしてしまうから矛盾が出てくる。時間で区切って労働の対価をもらうという職業と我々みたいなモノを作る職業では、法律も何らかの形で分けた方がいいと思うんです」

限られた時間の中で集中力を高めて生産性を上げ、クリエイティブなことまで実現しようとするのは無理なのだろうか。

「人によりますね。能力プラス集中力。能力の高い人が能力の高い人に教われば、決まった時間の中で高いパフォマーンスを発揮することができると思います。従来より効率のいい教え方をシステムに取り入れたとしても、学ぶ側の本気度合いも問われる。手先も器用で頭の回転も早くて段取りも良くて、ケーススタディ……、つまりこういうミスをすると次はこうなるという経験を短期間で現場の仕事に落とし込めるような、そういうポテンシャルの高いスタッフは少ないのが実情です」

レストラン近隣の山で採れたモリーユのひと皿。同じ場所に咲くエゾヤマザクラを添えた。皿は信楽の土で石井さんが焼いたもの。(写真提供;石井誠さん)

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人を幸せにする人間は、自分自身が幸せであるべき

『ル・ミュゼ・イデア』で現在使用されている陶器・磁器の器は、すべて石井さん自身が焼いたものだ。バリエーションも、手びねり感のあるもの、端正で洗練されたものと幅広い。料理の合間に陶芸を続けているのはなぜなのだろうか。

「仕事とは全く関係ないところで本当はこれがしたかったなとかあるじゃないですか。僕にとってそれが陶芸でした。手応えはあったんですよ。土に触った瞬間これはいけるぞと。自分の表現物としてこれは生涯続けられるツールだと。

僕は、料理だけをやっていた時代も、料理だけを考えることができない人間だったんです。いろいろなことを同時に考えたりやったりした方が集中力が上がるタイプです。僕にとって、表現は生き甲斐であり生きている意味です。我々は食を通して人をハッピーにする仕事なのに、作る側がハッピーでなかったら、よくわからない話になりますよ」

料理を作る人間はやっぱり幸せであるべきなのだろうか。

「当然だと思います。もちろん自己犠牲みたいなものはあります。自分の生活時間を割いて、人生をすり減らしてやっている面はある。でも人からの評価やお金以外のところで、人がもっと幸せに生きるにはどうしたらいいかを考えられる人間になった方がいいです」

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。