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〈ノーマ閉店に思う〉札幌『ル・ミュゼ・イデア』石井誠さんが考える「これからの働き方」

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『ル・ミュゼ・イデア』シェフ、石井誠さん

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先日報道された、デンマーク・コペンハーゲンのレストラン『noma(ノーマ)』閉店のニュース。2024年末に通年営業を終了すること、そして閉店理由のひとつが「多くの人手を必要とする現在の営業形態が維持できなくなったため」と報じられ、大きな話題を呼んだ。

そんな今のレストラン業界を「大きな分岐点」と考えるのが、札幌『ル・ミュゼ・イデア』のシェフ、石井誠さん。報道内容への率直な感想や、コロナ禍を経た今、レストランの働き方はどうあるべきか、石井さん自身の現在と挑戦について聞いた。

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大きな分岐点をあぶり出した『ノーマ』の閉店

「『ノーマ』閉店のニュースを聞いて最初の感想は『極端だな』ということでした。『持続不可能だから閉店します』とシェフは言う。だけどほかのファインダイニングと呼ばれるような世界中のレストラン、大勢のスタッフを雇用しているところが同じようにバタバタと続けて閉店しているかというと、そうではないからです。やりくり次第でどうにかなっている。

重要な点は、今なぜレネ(レネ・レゼピ。『ノーマ』シェフ)がそういう決断をしたかだと思うんです。彼はあれだけのネームバリューがあるから、値段がもっと高くてもゲストは来るでしょう。『ノーマ』の料理が、無給で働く研修生を何十人も置いて単純労働をさせないと作れない料理なのかというと、そういうこともないと思う。多くのスタッフを抱えたまま週休3日8時間労働でも継続できると思うし、これからAIがもっと進んでいけば、スタッフを減らして、絞った営業時間で最大限の結果を出すことも可能だと思うんです。彼は頭が良くてエネルギーもあり、良くも悪くも極端にものを考える人だから、今は“ノーマ3.0”に考えがシフトしている。これからは人をたくさん抱えて普通に店を営業するだけではない、もっと違う生き方があるのではないかと模索していると思うんですよ。

彼が『閉店する』宣言したのは、彼が時代の象徴というか、ニュースを作れる人だからだと思います。かつてのフェラン・アドリア(『エルブリ』シェフ)がそうだったように、今はレネがそのイニシアチブを握っている。彼はイノベーターであり、新しいものを提案できる人で、彼のアクションすべてがガストロノミーの世界のトップニュースになる。

だから『ノーマ』が先陣を切って『もう持続無理だよ、今の雇用のあり方はちょっと難しいよ』と言えば、とても大きなニュースになり、みんなが考えるきっかけにもなる。かと言って、ではみんなが同じ状況なのかといえば全くそうではない。世界のレストランの全員が全員同じ状況ではないというのは重要な点です。ただし世界全体を見ると、コロナ禍を経て、今のレストランのあり方を見直す時期に来ていることは確かで、大きな分岐点にいるのは間違いないと思います」

『ル・ミュゼ・イデア』ダイニング(写真提供;石井誠さん)

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店をリニューアル、1階を若手中心の店にした理由

石井さんは2005年に札幌市に『ル・ミュゼ』を開業。2020年に一軒家である今の店を改装し、2階を『ル・ミュゼ・イデア』、1階を『コンセプト・セー』とリニューアルした。2階は石井さんがシェフとなりディナーのみを営業、1階は同店の若手がシェフを務め、価格も抑えめのカジュアルな店としてオープンしている。店名を別にしたのはなぜなのだろうか。

「『ル・ミュゼ』は2020年にリニューアルした時から、ランチ営業は若手中心でと決めていました。なぜなら、今の昼の価格帯で『ミュゼ・イデア』の料理は出せないからです。『イデア』は、僕が考えた料理を僕がデザインした器に盛って、僕の世界観の中に落とし込んだもの。昼と夜では、値段を含めて食材もお皿も何もかも違う。異なるコンセプトの料理を同じ場所で出すのはちょっと違うなと思ったんです」

店が異なるのであれば、昼間だけのスタッフを採用する、あるいは、単純労働がメインのパートタイムチームと、シェフを目指すチームに分けて採用するなど、労働環境をフレキシブルにすることも考えているのだろうか。

「人が増えて、システムが変わっていけば可能かもしれません。現時点では、昼と夜のスタッフは同じで、僕もランチは下で手伝っています。労働条件を分けて採用するみたいなことは、現時点では考えていないです。店にある程度の規模があればチームが分かれていてもお互いの意識が分散しないんですけど、スタッフ5~6人の店でそれをやると、チーム内で意識の亀裂が入る。スタッフが10~15人くらいの店でないとやりづらいんじゃないかな」

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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。