『ラス』兼子大輔さんが考える、飲食店の「利益率」と「労働環境」を改善する最初の一歩
手間と原価のバランスを調整する
兼子さんがコースの中で手間と原価のバランスをどのようにデザインしているか、ある日『ラス』で実際に出したメニューを例に説明してもらった。料理名の横につけた〇と★の数が多いほど、相対的に手間と原価がかかっていることを表している。
「資料2に沿ってお話しします。アミューズの自家製モッツァレラチーズは定番の一品です。原価が安く手間も少なく、それでいながらお客様からの評判も良い、優秀な一品です。このような料理がコースの中にいくつかあると、原価コントロールや労働時間の調整もやりやすいです。
コースの二品目は、こちらも定番のフォアグラのクリスピーサンドです。ほかの料理に比べると作業工程に手間はかかりますが、コースの満足度を考えると必要な一品です。
百合根の前菜、ホタルイカの料理はパーツも少なく非常にシンプルな料理ですが、組み合わせのアイデアや季節感を楽しんで頂きます。どちらも手間は少ないです。
ウニと春野菜のサラダは、ほかの料理に比べるとパーツは多いですが、ソースは工夫して簡単に作れるレシピにしています。
メインの富士鶏は、テリーヌにして、冷やして、全部重ねてキャベツでくるんで、一回休ませて……というフランス料理の細かい仕事をしています。手間はかかりますが原価は肉料理の中でも低く抑えられています。
手間が極端に少ない料理であればコースの中に原価率45%の料理があったっていいんですよ。逆に、手間がかかるけど原価が安い料理もある。トータルでバランスがとれて、利益が確保できていればいいんです。それなのに現実には、手間や原価を〇や★3つ分くらい“すべての皿に”かけてしまう。なぜなら、そうしないと心配になるというか、罪悪感あったりするから」
長年の経験を持つ僕らができること
業務量を適切なバランスにするには、業務量をコースを決める際に考慮することが重要になる。『ラス』ではそれをどのようにやっているのか、また、実際に作り始めてから軌道修正を加えることはあるかを聞いた。
「『ラス』で提供するのは、メニューが1か月ごとに変わるおまかせのワンコースのみです。ベースは僕が考えて、副料理長がアイデアを出してブラッシュアップしていくことが多いです。全部新作だとスタッフに負担がかかりすぎるので、過去に反応が良かった料理も織りまぜます。メニューがいったん決まったら、もっと美味しくできないか、また、作業を簡略化できる余地がないかを再検討したのち、それをレシピ化してスタッフに配布します。
若い人は発想が柔軟だから斬新なアイデアが出せます。一方で、長年の経験を持つ僕らができるのは、料理をブラッシュアップさせることや、原価と手間のバランスを適切に調整すること。そしてこの作業を何年も積み重ねることで、ゲストから喜ばれ、利益が出せる料理(原価率が低く作る手間も少ない料理)、つまりコスト構造の良い料理が店に蓄積して、年を重ねるごとに利益を出しやすくなっていくのが理想です。
原価のバランスは今は計算しなくてもあまり外さなくなりましたが、昔はきちんと計算していました。手間についても、どんなに手間がかかっても頑張ってやろうとして、営業日だけだと間に合わないときは休みの日に来ていました。でもそれを若い人たちにやらせる場合、彼らは「もっと簡単なものにしましょう」とは言えない。だから静かに辞めていくんですよ、しんどいから。その業務改善ができるのはシェフしかいないんです。
もちろん、初めから手を抜いてはダメで、初めは全部に力を入れるのが自然だと思います。どこが自分の店の売りか突き詰めて考えて、経験を積み重ねていくうちに、ここは力を抜いてはダメで、こっちはいいかな、とわかってくる」

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