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『ラス』兼子大輔さんが考える、飲食店の「利益率」と「労働環境」を改善する最初の一歩

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『ラス』シェフ、兼子大輔さん

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2012年オープン当時、ディナー9~10皿5,250円という低価格で話題をさらった東京・南青山のモダンフレンチ『L'AS(ラス)』。クラシカルな調理法をベースに「フランス料理であること」にこだわる一方、カジュアルで柔軟な料理が、フランス料理になじみの薄い若者から食べ慣れた年長者まで幅広いゲストの心をとらえている。開業12年目の今もディナーは毎日65席が埋まり、その一部は2回転する人気だ。

シェフ兼子大輔さんに、現在のような店舗運営のスタイルがどのような経緯で生まれたのか、また人件費も含めトータルで考える原価率の考え方などについて解説いただいた。

【注目記事】フレンチ名店『L'AS』の働き方改革。給与アップ、短縮営業でも利益をキープできた理由

給与も細分化すれば時給

■ポイント
「人件費は固定費だから頑張れば良い」という考え方をしている限り、この業界はいつまでたっても人手不足で、長時間労働からも抜け出せない。大切なのは原価だけではなく、一皿を作るために必要な時間(人件費)を意識して、原価+人件費の合計金額を意識すること。

「僕らの毎月の給料も、それを1営業日、1時間で割っていけば、時給いくらになるかが計算できます。この労働力がちゃんとコントロールできているか、価格と時給が釣り合っているかがとても大事なんです。たとえば1皿1,000円、原価率30%で設定した料理があったとして、時給1,200円の人が30分かかってその料理を作ったとすると、その内訳はおおよそこうなります。(※資料①)

・料理A(1,000円)=人件費600円、食材費(原価率30%)300円、利益100円

この料理を月1,000人に提供したとすると、1,000人×100円=月10万円の利益が出ます。ここでもっと利益を出したい場合に、値上げするとします。この料理をもし1,000円から1,500円に値上げした場合、

・料理B(1,500円)=人件費600円、食材費(原価率20%)300円、利益600円

そうすると同じように1,000人に提供した場合、利益は10万円から60万円に増やせます。ただし、値上げしすぎると集客数自体が減少します。では、この料理を30分から15分で作れるようにできた場合どうなるでしょうか。

・料理C(1,000円)=人件費300円、食材費(原価率30%)300円、利益400円

同じように1,000皿提供した場合、1,000人×400円=40万円の利益が出せます。

資料①:料理ごとの、利益・人件費・原価率のバランスの例。料理Aの人件費を下げられれば、価格を上げることなく利益は増える(料理C)

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料理にかかる時間を短縮するには、手数を減らす工夫が必要です。

①下ごしらえを外注する
・卵は液卵を使う
・魚や肉は業者におろしてもらう(魚を自分でおろしたい場合は、鱗と内臓の掃除を依頼)
・野菜の皮剥きやホタルイカの掃除などを外注する
※無償で引き受けてもらえるものも有料の場合もありますが、有料の場合でも、時給にした場合にどちらが安いか計算してみる価値はあります
※調理技術を習得したいスタッフのモチベーションを落とさないように、加工品の行き過ぎた導入には注意が必要です

②皿の上のパーツを削る
・たとえば8個あるパーツを6個にできないか考える(ただしお皿の上の総量は減らさない)
※その個数は自己満足なだけかもしれない。ゲストの満足度は8個でも6個でも変わらないかもしれません

③作業の省力化や手作業工程の見直しを検討する
・包丁やマイクロプレインの代わりに、ロボクープや千切り機などでカットする
・芋ピューレを作る場合、芋が小さい時は皮を剥かずに丸ごとピューレにする。皮の食感は少し残るが、芋の風味は強くなる。
・牛肉の赤ワイン煮込みの準備作業で肉と野菜を赤ワインでマリネして一晩置く工程。そのまま煮ても味は大きく変わらない。
・サーモンを燻製にするときのマリネ液を流水で流す作業。今は水で流さなくても味は変わらない。
※流通が昔より良くなり食材の鮮度が向上したことで、臭み取りなど、伝統的な調理工程の中で今なら省ける手間がないかを考えてみる。味が変わらないかどうかで判断する

④人手不足解消につながる機器の導入や調理以外の業務の外注化
・ドイツ製のグラス洗浄機(グラスの拭き上げ作業が不要)、ブラストチラー、コンベクションオーブンなどの導入
・ダクトや厨房内側溝などの清掃作業を専門業者に依頼する(スタッフの時給よりも安く引き受けてくれる場合もある)
・手間を簡略化してくれるITツールの導入(予約システム、iPadレジ、テーブルオーダーシステム、シフト作成アプリなど)

僕らの業界の給与が高くならない理由のひとつは、ここをコントロールしていないからです。原価率を守る一方で、人件費は度外視していることが多いです。人件費が本当は600円かかっているのに、手数を減らす工夫をあまりやらずに300円しかかかっていないことにする(人件費を強引に圧縮する)から、長時間労働になってしまう。ハンドスピードを上げるのにも限界があります。

長時間労働になるということは、売値に対して手間をかけ過ぎているということです。スタッフに無理をさせ過ぎると離職率に大きく影響して、それが慢性的な人手不足につながります。その構造を変えない限り、人手不足は解消できないと思います。僕も自分の店の離職率が高かったのを、これまで少しずつ改善してきました」

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岡坂楢代 兵庫県 居酒屋・ダイニングバー 既存店舗なし
ラスさんの記事を読ませて頂きました、此方の記事の中でグラス清掃ドイツ製のグラス洗浄機(グラスの拭き上げ作業が不要)、ブラストチラー、を調べましたが分かりません情報をお知らせ頂け無いでしょうか?宜しくお願い致します
2023年08月13日 19時00分36秒
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うずら

ライター: うずら

レストランジャーナリスト。出版社勤務のかたわらアジアやヨーロッパなど海外のレストランを訪問。ブログ「モダスパ+plus」ではそのときの報告や「ミシュラン」「ゴ・エ・ミヨ」などの解説記事を執筆。Instagram(@photo_cuisinier)では、シェフなど飲食に携わる人のポートレートを撮影している。