横浜屈指の繁盛店、トラットリア・ダ・ケンゾー。売上を作るのは凄腕の「カメリエーレ」たち
「不親切なワインリスト」を見せて会話を弾ませる
ワインの価格表も2種類ある。一つはスプマンテなどと一緒に、グラスワインも記載したドリンクメニューだ。ただし、ここにはグラスワインの値段しか載っていない。
「ソムリエも含め、カメリエーレがお客様のご要望をお尋ねしながら、ブドウ品種やグラスワイン用に用意したワインを説明させていただきます。だからドリンクメニューにはグラスワインの説明書きは不要なんです」(矢野さん)
もう一つ、最初から客に提示しないワインリストがある。しかも但し書き以外は日本語表記がない、「不親切なワインリスト」だ。
「このワインリストにはブドウ品種とボトルの価格しか記載していません。なぜならイタリアワインは認知度が低いから。シャルドネならほとんどの方がご存知だと思いますが、一部のワイン好きしか知らない、珍しいブドウ品種が書かれたワインリストをお見せしてもあまり意味がありません」(矢野さん)
「不親切なワインリスト」を見せつつ、どんなブドウ品種が好きなのか、どんなワインを飲みたいのか、予算を聞いた上で客が選んだ料理を考慮しつつ、喜んでもらえそうなワインをカメリエーレが提案する。つまり、客とのコミュニケーションを図るために、あえてわかりにくい「不親切なワインリスト」を作ったというのだ。
カメリエーレは店を代表するプレゼンテーター
矢野さんは2016年の第10回イタリアワイン・ベスト・ソムリエ・コンクールの優勝者。現在、駐日イタリア大使館公認のイタリアワイン大使も務める実力者だ。健三シェフとは、『ラ・テンダロッサ』時代からなので21年来の付き合い。
「シェフのスタンスは『ラ・テンダロッサ』の頃から変わっていません」と矢野さんは言い切る。客が喜んでくれることならなんでもやる。常連客の中にはメニューを見ずに注文する人もいる。客と店との信頼関係があるからこそ成立するわけだが、そのためにも目安となる価格が書かれたメニューやワインリストが欠かせない。それがあるからこそ「これぐらいの価格で、重たいワインがある?」「お任せください」という潤滑な会話が成立するのだ。
「お客様とのコミュニケーションが一番重要。うちのカメリエーレは、店からのプレゼンテーションをお客様にお伝えする能力が極めて高い。それが自慢です(笑)」(矢野さん)
カメリエーレは役者、レストランは舞台と言われる。『ダ・ケンゾー』では5人のカメリエーレが、85席の「舞台」を動き回りつつ、客一人ひとりと接しながら決められたセリフ以外のセリフを即興でしゃべる能力やセンスを備えている。もちろん注文取り以上の技能が求められるがゆえに、給料も高い。
「飲食店で自分の年齢と同じ給料を貰えれば、すごいといわれています。うちはカメリエーレもキッチンスタッフも年齢よりも高い給料をもらっています」(矢野さん)
