看板なし・空中階で予約満席。坪月商40万超え『高円寺おつゆ』に聞く“隠れ繁盛店”のつくり方
華やかな飲食店街の中にあえて“隠れる”ことで差別化を図る
3年ほど前から物件を探し始めていたという坂野氏。それほど長く吟味していたにも関わらず、人目につかないこの物件を即決したことに勝算はあったのだろうか。
「もちろん当初は路面がベストだと思っていました。でも駅から近いし、ユニークなこの正方形のハコなら『面白いことができそう!』と一目惚れしてしまって。店が定着するまでに多少の時間がかかることは織り込み済みでした」
画像を見る賑やかな飲食店街のど真ん中に落ち着いた店があるというギャップや、そこが温かいおでん店だという安心感が、坂野氏の中でしっくり来たのだという。華やかな飲食街だからこそあえて隠れることで、他店との差別化を図る狙いもあったと話す。
「やっぱり看板を出そうか」と思った時期も。原点に返ったことで売上2倍に
だが現実は、そう甘くはなかったと坂野氏は振り返る。特に、昨年の夏は過去最高を大きく上回る過酷な暑さに見舞われたこともあり、7〜9月は文字通りの大苦戦。「正直、さすがに看板を出すべきかという議論もしたくらいです(苦笑)」と坂野氏。当然、夏場のおでん需要の落ち込みを見越していなかったわけではなく、自慢の出汁を一晩漬け込んで作る『出汁から揚げ』をもう一つの看板メニューとして仕掛けてはいたものの、なかなか思うように客足は伸びなかったという。
画像を見るそれでも「間違ってはいない。やるべきことをやるのみ」と自らを奮い立たせ、丁寧な仕込みと接客を徹底。足を運んでくれる一人ひとりの客にまっすぐに向き合っていると、涼しくなり始めた10月頃から繰り返し訪れる客や1日の来店客数が目に見えて増加し、繁忙期を迎えた12月の売上は9月の倍にまで一気に跳ね上がった。
一人ひとりのお客様を大切にしていれば、弱みも強みに変えられる時代
やはりこのご時世、インスタグラムの効果が大きいと坂野氏は考察する。
「こちらから特別な集客策や戦略的な発信をしたわけではないのですが、SNSを見て来てくださる方、中でも一度店に来てくださった方の投稿を見て来られる若い年代の方がとにかく多いです。うちは存在を知り得ないとまず足が向かない店ですから、情報源は間違いなく口コミ。その中でも、リアルな口コミで来られるご近所の年配のお客様がいたり、スマホ上の口コミで来られるZ世代のお客様がいたりして、面白いですよ」
画像を見るパートナーの麗美氏がデザインを手がけるポップなイラストや、「落ち着いたおでん店でありながらも、あくまで居酒屋でありたい」と、随所に遊び心を散りばめた店づくりも、SNS世代の呼び水になっているのだろう。
こうして見ると、いつの時代も“隠れ家”店の存在を知るきっかけはやはり口コミだ。だが今やその範囲は「一対一」に留まらず、「一対百」「一対千」にもなる時代。思うように客足が伸びない時期もあるかもしれないが、仕込み・接客・サービスなど、一人ひとりの客にきちんと向き合いさえすればそのたった一人から大きく広がる可能性を秘めている。つまり、「空中階」や「看板がない」というネガティブに思われる条件でさえ、大きな強みになり得るというわけだ。
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